ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

蓮實重彥

涙腺が緩む

読んでいるのに、まるでホークスのスクリューボールの一場面を見ているかのような味わい。自筆の年譜の昭和二十七年 (十六歳) のところに、「(注: ジェラール・フィリップと) 同じエレベーターに、東和商事社長とその令嬢が乗っていて、胸もとに『陽気なドン…

午後の朝鮮薊

ジョン・フォードの映画の「太い木の幹の誘惑」のように蓮實さんの文章の中に植物が出てくることはもちろん少なくはないが、植物名(﹅)が文章に具体的に出てくることは少ないなあと思っていた。例外は古井由吉の『白髪の唄』を評した「榎」ぐらいしか思いあ…

『ジョン・フォード論』を語る。

わたくしはジョン・フォードを、アメリカ合衆国市民という条件からも、アイルランド系移民の子という条件からも解放したかった。フォードが論じられるさいにしばしば持ち出されるアイルランド性のようなものは、何らかの仕方で捨象できるはずだ。そのように…

雑記

蓮實重彥の『ジョン・フォード論』が上梓され手元に届いた。その書物の感触を確かめるためにパラパラと頁をめくっていると、ジョン・フォードの比類なく美しい映画について書かれた比類なく素晴らしい批評の言葉が波のうねりのように打ち寄せてくる。不図、…

香も高きケンタッキー

ジョン・フォード監督『香も高きケンタッキー』(Kentucky Pride, 1925) が高画質で見られるなんて、これは夢だろうか。ちょうど蓮實重彥の『ショットとは何か』(2022) も出たところなので、この映画のたまに動くことはあっても基本はフィックスされたキャメ…

「暗夜」と「にごりえ」

「家は本鄕の丸山福山町とて、阿部邸の山にそひて、さゝやかなる池の上にたてたるが有けり。守喜といひしうなぎやのはなれ坐敷成しとて、さのみふるくもあらず、家賃は月三圓也。たかけれどもこゝとさだむ。」と日記に書いた貸家へ、樋口一家は 一八九四年五…

新開

『魅せられて 作家論集』の冒頭に収められている、蓮實重彥の樋口一葉論『恩寵の時間と歴史の時間』は、蓮實が大学行政に携わって多忙だった時期に発表されたものを改稿しているので、やや中途半端な感も受け、『にごりえ』を論じたその文章は、800ページを…

うつせみ

蓮實重彥が黒沢清の映画について書いた時評に次のような文章がある。 活劇やホラーが「説明責任」の無視に終始するなら、ラヴストーリーは「説明責任」だけで成立している。 この「説明責任」という言葉を使わせてもらうと、一葉の作品『軒もる月』の話者は…

金剛石

蓮實重彥の『反=日本語論』を読んだ者ならば、だれもが覚えているだろう一節。それは、藤枝静男の短篇『土中の庭』について書かれたものである。 「金剛石も磨かずば/珠の光は添わざらん」の二行を冒頭に持つ御歌を小学校時代に女の先生から習って、地久節の…

陥没地帯 (149)

「文學界」に蓮實重彥の『ジョン・フォード論 終章 —— フォードを論じ終えぬために』が掲載された。いろいろ忙しい。最後は、学生時代に読んで痺れてしまった『映像の詩学』の文章が出てくる。 ジョン・ウェインは、エプロン姿で拳銃を握る男のイメージをそ…

陥没地帯 (122)

『ジョン・フォード論』の第一章-lll-3 「歌が歌われ、踊りが踊られるとき」を読んでいると『アパッチ砦』(Fort Apache, 1948) で “Oh, Genevieve” が歌われているところが出てきた。歌っているのは、ディック ・フォーランで、ジョン・ウェイン、アンナ・リ…

陥没地帯 (121)

フィルムは現存しているものの、上映機会が限られ、未だに DVD にもなっていない、30 歳を超えたばかりの、しかしすでにベテランの域に達しているジョン・フォードが監督した『香も高きケンタッキー』(Kentucky Pride, 1925) が、たとえ劣化したコピーであろ…

陥没地帯 (119)

再び映画に戻る。『ショットとは何か』の V でアンナ・マニヤーニが出演した映画が 2 本取り上げられている。それで、『映画千一夜』で淀川長治さんが彼女についていっていたことを読み返したりした。 アンナ・マニヤーニは、あんな顔しとって、全身これ女ね…

陥没地帯 (117)

もし、 映画における男女の心の機微は、ダンスという運動の持続とともにしか描けなかったというのが、映画史的な現実なのです。 というのならば、当然、ダンスでもないシーンをすべてダンスにしてしまったようなマキノ雅弘の映画を語らねば、片手落ちのよう…

陥没地帯 (116)

ゴダール の『はなればなれに』(1964) のダンスシーン。当時の出演者達は、このダンスをマディソン・ダンスと呼んでいたらしいが、50 年代の終わり頃から米国で流行したマディソン・ダンスとは音楽も振付も違うものである。当時のマディソン・ダンスはそのい…

陥没地帯 (115)

文芸誌「群像」に連載されていた、蓮實重彥の『ショットとは何か』の連載が完結した。最後の V はとりわけ素晴らしく、さすがに 100 回は見ていて記事にしたこともある『バンドワゴン』(1953) の “Dancing in the Dark” でシド・チャリシーが音楽の高鳴りと…

陥没地帯 (114)

「群像」最新号の『ショットとは何か V ショットを解放する』を読みはじめた。ただ、ただ、素晴らしい。 映画における男女の心の機微は、ダンスという運動の持続とともにしか描けなかったというのが、映画史的な現実なのです。 マックス・オフュルスの『たそ…

陥没地帯 (113)

塾へ行く道すがらにソヨゴの木があって、いつも赤い実と葉のバランスに見惚れている。入試が控えているので塾が忙しい。今日は普段やらない高校入試国語の「文学的文章」という奇妙な名称のもので、仕様がないので問題集の中から独断と偏見で幸田文の『木』…

陥没地帯 (109)

ジャズ評論家の油井正一が 1950 年代に書いた文章を読んでいて大変驚いたことがある。フランスの社会学者ガブリエル・タルドの『模倣の法則』が引用されていたからである。ちなみにタルドに影響を受けたとしか思えないようなジル・ドゥルーズの『差異と反復…

陥没地帯 (108)

マンゲツロウバイ(満月蝋梅)。よい香りだった。 早咲きの梅が咲いていた。『アメリカから遠く離れて』『見るレッスン』をずっと読んでいて蓮實ゼミで最初に出された問題を 5 つも新たにまざまざと思い出した。「マキノ省三」「茂原システム」「モーリス・ジ…

陥没地帯 (106)

塾が終わって家に帰っていると、西の空に沈み始めた月が見えた。理科を教えている子は、今日の月をもし見たら、上弦の月だと正しく判断できたかなと不図思ったりした。昼間はロウバイに黄色の花が咲き始めているのを見たが、また機会はあるだろうと思って写…

陥没地帯 (104)

『見るレッスン』を読むには読んだが、聞き書きで、そのまとめ方はいかにも「新書」で、なんだかねという程度のものである。一般向けの本なんだろう。まあ、それでもうれしかったのは、いままであまり取り上げてくれなかった清水宏監督の『有りがたうさん』(…

陥没地帯 (101)

ニホンスイセン。 『アメリカから遠く離れて』で挙げられているリナ・ケティの歌う “J'attendrai” (「待ちましょう」) を聞いた。淡谷のり子が歌っているものもあったので、それも聞いた。【フランス語】待ちましょう (J'attendrai) (日本語字幕)J'attendrai…

陥没地帯 (99)

再び、『アメリカから遠く離れて』に戻る。本の中で、瀬川さんが藤田嗣治画伯の絵がジャケットの表紙になっている、コロムビアから戦前 (昭和13年) に出たシャンソン名曲集に触れられている。このレコード集はよく売れ、瀬川さんも当時お聞きになったという…

陥没地帯 (97)

ツバキ。 予約していた、瀬川昌久さん (1924 年生れ) と蓮實重彥さん (1936 年生れ) の対談集 『アメリカから遠く離れて』が届いた。最近、この本ほど読みたいと思ったものはない。蓮實さんは、この後、光文社新書から『見るレッスン』というタイトルの新書…

陥没地帯 (77)

蓮實重彥の『言葉はどこからやってくるのか』はすでに読んだことのあるものが多いが、『零度の論文作法——感動の瀰漫と文脈の貧困化に逆らって』はまったく読んだことがなかったので有難い。 ツワブキの花が咲き始めた。 ヤクシソウは満開に近い。 ガマズミの…

陥没地帯 (70)

『スパイの妻』(2020) をどの劇場でみるかはほとんど選択肢があたえられていないのだが、それでも最近は余程のことがないかぎり東京へゆくことだけは避けたいと思う。このところ山道をよく歩きながら道端にある植物の多様さにいちいち驚いているせいもあるが…

陥没地帯 (65)

今月の「文學界」は面白いなあ。もちろん購入動機は『スパイの妻』(2020) について 8 月 24 日に行われたとある蓮實重彥、黒沢清、濱口竜介の鼎談をゆっくり読みたかったからである。このブログでも蓮實さんが生まれた 1936 年のことはいろいろ取り上げてい…

陥没地帯

1979 年 7 月 15 日に発行された銀色の表紙のエピステーメー7月臨時増刊・終巻号が本棚にあるのだが、そこには蓮實重彥の『陥没地帯』が掲載されている。その書き出しを引用してみるとこうなっている。 さしあたっての口実は何であってもかまうまい。どのみ…

気晴らし (31)

「考える人」でやっていた蓮實さんへのロング・インタビューがとうとう終わってしまった。今日の回 (第 5 回) は聞き手をつとめられたホ・ムニョン氏のインタビュー後記で、最初に引用されているのは 1996 年に東京大学出版会から出された『知のモラル』(小…