読んでいるのに、まるでホークスのスクリューボールの一場面を見ているかのような味わい。自筆の年譜の昭和二十七年 (十六歳) のところに、
「(注: ジェラール・フィリップと) 同じエレベーターに、東和商事社長とその令嬢が乗っていて、胸もとに『陽気なドンカミロ』の翻訳をかかえる令嬢の横顔に強く惹かれる」
とあるのを思い出し、ジュリアン・デュヴィヴィエの『陽気なドンカミロ』 (1952) は、日本公開が昭和二十九年で配給は東和だったんだと余計なことまで調べてしまった。
※ 『映画に目が眩んで 口語篇』 によれば、戦後第一回のフランス映画祭の初日のことで、上映されたのはルネ・クレールの『夜ごとの美女』 (1952) とあるので、ジェラール・フィリップがそこにいた理由も頷ける。第一回のフランス映画祭は、昭和二十八年 (1953) とあるので、年譜の昭和二十七年はあるいは誤りかもしれない。
コーヒーの豆は遍在していながらドリップ・フィルターが近くに見あたらぬと、不意に親しい女性のお尻が見えてきたりするのはなぜか|些事にこだわり|蓮實 重彦|webちくま