ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

陥没地帯 (117)

もし、

映画における男女の心の機微は、ダンスという運動の持続とともにしか描けなかったというのが、映画史的な現実なのです。

というのならば、当然、ダンスでもないシーンをすべてダンスにしてしまったようなマキノ雅弘の映画を語らねば、片手落ちのような気がしている。そこで、これも以前の記事であげたものだが『彌 (弥) 太郎笠 前後編』(1952) の1 シーンをあげる。これも何度くりかえし見たかわからない。

これを見ると、マキノ映画に見られるものこそがショットであり、ショットとはマキノ映画に見られるものであると定義すれば、それでじゅうぶんではないかという気さえする。クルリと人物を振り返らせるのがダンスでなくてなんだろう。マキノにとって「180 度の規則」は振り返る動作のカッティング オン アクションに高められている。女性は振り返った瞬間が一番美しいのだというのが、マキノの美学であり、その美しさをさらに増すのが女性の手の仕草である。そこに素晴らしい照明がされている。