ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

陥没地帯 (122)

『ジョン・フォード論』の第一章-lll-3 「歌が歌われ、踊りが踊られるとき」を読んでいると『アパッチ砦』(Fort Apache, 1948) で “Oh, Genevieve” が歌われているところが出てきた。

歌っているのは、ディック ・フォーランで、ジョン・ウェイン、アンナ・リー、シャーリー・テンプル、ジョン・エイガーといった俳優の顔がみえる。

この曲は、ハワード・ホークスの傑作『教授と美女』(Ball of Fire, 1941) でも終盤の方で使われていた。このシーンの直後にゲーリー・クーパーがバーバラ・スタンウィックの部屋に気づかずに入る名高いシーンがある*1。洗練された歌い方とは言えないが、映画における曲の使い方としては、この場合は、ホークスの作品の方が優れているなあ。

※ そういえば、『アメリカから遠く離れて』で、この映画 (『教授と美女』) の「ドラム・ブギ」が登場するが、さすがの瀬川さんもバーバラの歌はマーサ・ティルトン*2の吹替えである *3ことには気づかれなかったようである。瀬川さんは、黒人のトランペット奏者はロイ・エルドリッチ *4だといわれている。ロイ・エルドリッチはジーン・クルーパと共同でこの曲を作っている。

マーサ・ティルトンが歌っているものも記事にしたことがあるので、ついでにあげておく。

*1:『映画に目が眩んで』にはこうある。「ベッドに横たわっているのが同僚の老教授だと信じて、彼は、自分が初めて女性を愛してしまったと告白するのだが、それを暗闇の中で黙って聞いているバーバラ・スタンウィックのクローズアップは息をのむ素晴らしさだ。名手グレッグ・トーランドのキャメラの傑作中の傑作だろうが、闇の中に光る彼女の瞳の濡れたような艶やかさを見て泣かない人間は人間の名に値しないと思う。こらえきれなくなった彼女が立ち上がり、逆光の中でクーパーに唇を合わせる瞬間の驚くべきキスの音!おそらくミキサー・ルームで調合されたものに違いないこの信じがたいサウンドこそ、世界映画史で最も美しいキスの響きであるに違いない」

*2:初代ヘレン・ウォードを継ぐ名花として、1939 年まで最盛期のベニー・グッドマン楽団の専属歌手であり、有名な 1938 年のカーネギーホール・コンサートにも出演した。この頃は独立して他バンドや自身のラジオ番組で活動していた。

*3:BALL OF FIRE (1941) | Library of Congress 参照。なお、英語の “Drum Boogie” の Wikipedia には Anita O'Day が吹替えたとある。いつものことで驚かないが、これは間違いであろう (1941 年に Anita O'Day は Gene Krupa 楽団の専属歌手になったのは事実である)。そこで Wikipedia が参照している文献にすら “Miss Stanwyck's voice dubbed by Martha Tilton” とある。瀬川さんはこの曲は後にアニタ・オデイが歌っていたとはいわれているが、このシーンでアニタが歌っているとは言われていない。

*4:人種差別に苦しんだロイ・エルドリッチであるが、1941 年の彼のジーン・クルーパ楽団参加は、黒人演奏家が白人ビッグバンドへ正式加入し、レギュラー・メンバーとなった最初のものとして知られており、そういった意味でも貴重な映像である。(もちろん小編成のトリオやカルテットでは、すでにベニー・グッドマンが、テディ・ウィルソン、ライオネル・ハンプトンなどを加えた白人と黒人の混合編成を組んでステージで生演奏を行っている。レコード録音のための混合編成ならばさらに前から存在している。)