ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

映画

Cherokee

チェロキー族というと、クリントン・イーストウッドの『アウトロー』(The Outlaw Josey Wales, 1976) を思い出す。もちろん、チェロキーが出てくる西部劇はたくさんあるけど。 1938:Ray Noble and his Orchestra: 1939:Charlie Barnet: Count Basie Orchestr…

I Scream, You Scream, We All Scream for Ice Cream

もう覚えている人も少ないかもしれないが、榊原郁恵の『夏のお嬢さん』(1978) のサビの部分の歌詞って 1927 年に作曲されたこのノヴェルテイ・ソングから?というのが、ごく個人的な推測である。 もう一つの記憶は、ジム・ジャームッシュ監督の『ダウン・バ…

Smoke Gets in Your Eyes (1)

ウィリアム・A・サイター監督によるアステア=ロジャースの三作目の RKO 映画『ロバータ』(Roberta, 1935) は、もともと 1933 年のミュージカルから来ており、作曲はジェローム・カーンである。後で出てくるアイリーン・ダンのものもそうだが、この毛皮、今の…

My Blue Heaven

トッド・ヘインズ監督の新作である『ワンダー・ストラック』(2017) をレイト・ショーで見る。観客の数は 10 人に満たない。まあいいだろう。ジョン・ウェインが亡くなるまでお蔵入りにした『ラスト・シューティスト』(The Shootist, 1976, 1979 日本公開,) …

Swanee River

フォスターの曲として日本でも古くから親しまれた曲であるが、映画としては、ハワード・ホークス監督の『ハタリ!』( Hatari !, 1962) でのジャム・セッションを思い出させる。改めてみると最初のエルザ・マルティネッリがピアノを引き継ぐところは『コンド…

Dancing in the Dark

もちろん、ヴィンセント・ミネリ監督の『バンド・ワゴン』(The Band Wagon, 1953) のフレッド・アステアとシド・チャリシーの信じがたいまでに美しいダンス・シーンで流れた曲として記憶に残り続けると思う。 1931年のミュージカル “The Band Wagon” で最初…

Speak Low

この曲は、1928 年にベルトルト・ブレヒトの『三文オペラ』の音楽を監修し、その後米国に亡命したユダヤ系音楽家 Kurt Weill の代表曲の一つである。“Speak Low” という言葉は、数年前まで放送されていた某TV番組と関係があるとはにわかには信じたくないシェ…

Always

Irving Berlin が結婚のときに妻に捧げた曲。次のクリップは、Paul Fejos 監督の 1928 年の映画 “Lonesome” から。 この場面で使われている Brunswick のレコードは、1926 年の Nick Lucas のものである。 1926:Henry Burr: George Olsen: Layton and Johnst…

My Melancholy Baby

サルトルの『嘔吐』はモデル小説でもなんでもないのだから、小説の中の “Some of These Days” の演奏に実在のモデルが存在するかなどどうでもよいことだが、レコードの針が飛ぶことに関する小説の記述とか、実際にレコードの針が飛んだんじゃないかと思うよ…

Some of These Days

ハワード・ホークス監督の映画をたびたび取り上げているが、今度は美しい航空映画の一本『コンドル』(Only Angels Have Wings, 1939) でのジーン・アーサーとケーリー・グラントのシーンである。 このクリップの最初で、曲の名前が発言されジーン・アーサー…

Jean Wiener

この前の記事で出てきた Nina Simone の名前の由来は、シモーヌ・シニョレからであったなとふと思い出し、そこから自然に映画史の傑作であり、その端正ともいうべき古典的な語り口の簡潔さと生々しいフィルム的感性を奇跡のように両立させた稀有な作品である…

It Had to Be You

1924年だけでもこんなに録音が残されているのか! 個人的にはウォルシュ監督の『彼奴は顔役だ!』(1939) のプリシラ・レーンに思い入れがある。 1934 年の Adrian Rollini and his Orchestra の録音は驚き。 1924:Broadway Broad Casters (Sam Lanin): The A…

Taking a Chance on Love

そういえば、この時代(←どの時代?)、Helen という名前の女性歌手が思いあたるだけでも六人いる。 Helen Morgan, Helen Ward, Helen Forrest, Helen Merrill, Helen O’Connell, Helen Hume この曲 (Taking a Chance on Love) の初期のレコーディングは、当時…

Thou Swell

Sarah Vaughan の歌う Rodgers & Hart の “Thou Swell” を聴いていると、他の演奏も聞きたくなった。なお、タイトルの thou は古語 で、swell はいま使うと馬鹿にされるが、この曲が発表された当時は最新の流行語。歌詞も一部だけあげるが、同じ趣向になって…

Dream a Little Dream of Me

“Dream a Little Dream of Me” は、ドリス・デイが歌う以外ほとんど考えられないのだが、最初にレコーディングされたのは 1931 年で、歌ったのは Ossie Nelson である。つまり、ハワード・ホークス監督の『リオ・ブラボー』(Rio Bravo, 1959)で、ただただ人…

Eleanor Powel

エレノア・パウエルのタップの音が前回の記事で聞こえてきたので、『タップの女王』の映像を見ることに。 フレッド・アステアと『踊るニュウ・ヨーク』(Broadway Melody of 1940, 1940) で共演したエレノア・パウエルが、彼と『ビギン・ザ・ビギン』にあわせ…

Dick Haymes and Helen Forrest

40 年代にはシナトラと同じぐらい、もしかするとそれ以上に人気のあった Dick Haymes だけれど、ロバート・ロッセン監督の『オール・ザ・キングスメン』( All the King’s Men, 1949) や、ジョン・フォード監督の『幌馬車』(The Wagon Master, 1950) などに出…

雨に唄えば

YouTube で “More Than You Know” を検索していたら同名の別の曲である Axwell / Ingrosso のものが山のように出てくるので、こちらもついムキになって由緒正しい “More Than You Know” をほとんど全部検索してまわるという大人気ない振る舞いに出てしまった…

生成変化

志村正雄による邦訳『ジャズ・イズ』の作者としても知られるナット・ヘントフが、昨年 2017 年 1 月 7 日、ニューヨーク、マンハッタンにある自宅のアパートで 91 歳でお亡くなりになったというニュースが流れた。息子さんの Twitter によれば、彼はビリー・…

I’ll Be Seeing You

もともとは、同名のウィリアム・ディターレ監督による1944 年のセルズニック映画 『戀の十日間』の主題歌。Bing Crosby が同年にレコーディングした。 ビリー・ホリデイも歌っていて好きな録音。 1944 年のスタジオ録音は、スロー・テンポで。 1956 年のカー…

Love Me or Leave Me

ヘレン・モーガンとほぼ同じ時期にラジオ (アメリカでは 1926 年に放送が開始された) で特に有名だった女性歌手にルース・エティングがいるが 、彼女は 1928 年のフローレンス・ジーグフェルドのミュージカル “Whoopee!” (1930年公開のサミュエル・ゴールド…

ミミー宮島 お祖父さんの時計

1952 年に来日した初めての有名ジャズマンとして知られるジーン・クルーパであるが、ハワード・ホークス監督の『教授と美女』(Ball of Fire, 1941) で演じられたパフォーマンスは忘れがたい。 ※ ちなみにバーバラ・スタンウイックの歌の吹き替えは、マーサ・…

綴り

Arkansas とか Sioux Falls の綴りと発音の関係は絶対に反則だと思うが、そこまでいかずとも Massachusetts なんかは綴りを見るだけで腹が立ってくるので現地の人ですら MA とか Mass.で済ませているのだろう。Mississippi なんかはいつも二回なのでわかりや…

Goldwynism

大きな英語辞書であれば必ず載っている Goldwynism という単語は、「ゴールドウィン風の言い回し」ぐらいの感覚で理解すればよく、「言葉の滑稽な誤用」を意味する単語である。この「ゴールドウィン」はすぐに推察されるように、MGM (Metro Goldwyn Mayer) …

Hoagy Carmichael

1924年にBix Beiderbecke がいたWolverines 楽団の演奏による “Riverboat Shuffle” がホーギー・カーマイケル作曲の最初の録音である。ホーギー・カーマイケルが最初にビックス・バイダーベックと会ったのは、1922 年頃とされている。 Ethel Waters w/ Ed Ma…

ドリーの冒険

物語形式の映画には古典的といってもよい画面構成のやり方があって、それは、キャメラのトラヴェリングやトラックバックやパンといった移動撮影技法がたとえなくても構成できるし、俯瞰や仰角といった撮影アングルにも無関係にありえるし、またクローズアッ…

散文の理論

ヴィクトル・シクロフスキーの『散文の理論』(1925) の最初の部分「方法としての芸術」だけを久しぶりに読む。この「方法としての芸術」が最初に発表されたのは 1917 年のことで、「ロシア・フォルマリズム」運動の宣言書みたいな論説とされるものである。 …

画面奥から手前への動き

エドウィン・S・ポーター他監督の『ニューヨーク 23 番通りで何が起こったか』(What Happened on Twenty-Third Street, New York City, 1901) の記事で、この短い作品でずっと道に立ってカメラの方を見ている少年には、はたして観客の視点を代行させるとい…

ニューヨーク 23 番通りで何が起こったか

エドウィン・S・ポーター他監督の『ニューヨーク 23 番通りで何が起こったか』(What Happened on Twenty-Third Street, New York City, 1901) を見ると、20 世紀はまさに女性の脚を男の低次元の欲望が表象することで始まっていることが確認できる。 20 世紀…

猿飛勘太

フランク・タトル監督の『猿飛勘太』(Kid Boots, 1926) は、エディー・カンターが初めて主演した映画であり相手役はクララ・ボウが演じている。エディー・カンターはいうまでもなくフローレンツ・ジーグフェルドのレヴューで人気をえた人で、歌手、コメディ…