ヴィクトル・シクロフスキーの『散文の理論』(1925) の最初の部分「方法としての芸術」だけを久しぶりに読む。この「方法としての芸術」が最初に発表されたのは 1917 年のことで、「ロシア・フォルマリズム」運動の宣言書みたいな論説とされるものである。
なんで再読したかというと年末の整理で、川上未映子の『乳と卵』と一緒に出てきたからに過ぎず、深い理由などない。
そこに書かれている、イメージの目的とは、
対象を「知ること」ではなくして、「見ること」を創造することなのである。
という部分を読んでいて思い出したのは、テオ・アンゲロプロス監督の映画『旅芸人の記録』(1975, O Thiassos [The Travelling Players]) をフランス映画社の BOW シリーズで公開してくれて学生時代にそれを見たことである。
この映画をみて、普通の人が普通に歩いているのを見るだけで涙が出るんだということに驚いた。もちろん普段、自分でも歩いているし、そこら中で人は歩き回っているんだけれども、別に涙なんか出ない。しかし、『旅芸人の記録』で人々が歩いているのを見ると涙が出てくる。それは、「歩く」という日常当たり前の行為が、アンゲロプロスの非常に高度な演出で支えられて「非日常化=異化」させられているからで、別に生まれつき歩けなかった人がはじめて歩いたからとか、恋人同士がつらい別れをしてお互いが歩み去っていくといった物語の内容で涙が出るわけではない。
「シネマグラ」という当時の映画の同人誌のことを知っている人は知っていると思うが、そこで誰かがこの映画のことを「歩幅 30 cm のアンダンテで歩いてみれば」という題で論評をしていた。論評の内容の方は忘れてしまったものの、その素敵なタイトルのことだけは、いまでもずっと心に残っている。DVD も持っているが、ロングショットが多いのでやっぱり映画館で見たい作品である。
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