今は我は死なむよ我が背戀すれば一夜一日も安けくもなし (2936)
もうこの身も儚くなるほどです、我が背。お慕いするあまり、一日一夜とて心安らかなことはありません。
我が命し長く欲しけく僞りをよくする人を捕ふばかりを (2943)
自分の命が長かれと望んでおります。おいでになるとおっしゃっていらっしゃらない、そんな嘘のお上手なあなたをおつかまえして、とっちめて差し上げることだけがわたくしの生き甲斐です。
劍太刀名の惜しけくも我れはなしこのころの間の戀の繁きに (2984)
(剣太刀) 名が惜しいとも私は思わない。この頃の恋心があまりに激しいので
石走る垂水の水のはしきやし君に戀ふらく我が心から (3025)
岩の上を走り流れ落ちる滝の水の清らかさのように愛おしいあなたへこんなにも恋い焦がれるのは、自分の心がそうさせたのでしょう。
朝日さす春日の小野に置く露の消ぬべき我が身惜しけくもなし (3042)
朝日のさす春日野に置く露のように消えてしまいそうなこの身は惜しくもありません。
波のむたなびく玉藻の片思に我が思ふ人の言の繁けく (3078)
波とともにあちらこちらとなびく玉藻のようにとりとめのない片思いに苦しむ私が思っている人の噂があれこれ聞こえてくる。
君に逢はず久しくなりぬ玉の緖の長き命の惜しけくもなし (3082)
あなたにお逢いしないまま随分久しくなりました。たとえ玉の緒のように長い私の命だとしてもなんの惜しいことがありましょうか。
ま菅よし宗我の川原に鳴く千鳥間なし我が背子我が戀ふらくは (3087)
(ま菅よし) 宗我の河原で鳴く千鳥、その声がたえ間ないように私はあなたをいつも恋しく思っております。
戀衣着奈良の山に鳴く鳥の間なく時なし我が戀ふらくは (3088)
恋衣を着馴らすという名の奈良山に鳴く鳥がたえず鳴くように、絶え間もなければ時を選ぶこともない。私があの人を恋しく思うことは。
馬柵越しに麥食む駒の罵らゆれどなほし戀しく思ひかねつも (3096)
馬柵越しに麦を食む駒が罵られるように、私は親から叱られはするけれど、やはりあなたが恋しくてどうにも辛抱できません。
衣手の眞若の浦の眞砂地間なく時なし我が戀ふらくは (3168)
(衣手の) 真若の浦の真砂浜、その名のような愛子に絶間なく時も選ばず自分は恋していることだ。
よしゑやし戀ひじとすれど木綿間山越えにし君が思ほゆらくに (3191)
ゑゝどうなりとも勝手になれ、もう恋しがるまいとは思うけれども、木綿間山を越えて行ってお仕舞いなされたお方がやはり慕わしい。
春日野の淺茅が原に後れ居て時そともなし我が戀ふらくは (3196)
春日野の浅茅が原に独りさびしく残されて、いつとて定まる時もありません。私があのお方を恋しく思うことは。
阿胡の海の荒磯の上のさざれ波我が戀ふらくは止む時もなし (3244)
阿胡の海の荒磯のあたりに打ち寄せるさざ波のように、わたしの恋しい思いは止む時もない。
天なるや月日のごとく我が思へる君が日に異に老ゆらく惜しも (3246)
天に輝く月や日のように仰ぎみる我が君が日ごとにお年を召されることが残念でなりません。
大舟のおもひたのめる君ゆゑにつくす心は惜しけくもなし (3251)
(大舟の) 頼みに思っておりますあなたですから、これほどの物思いなどちっとも惜しくありません。
さ寢らくは玉の緖ばかり戀ふらくは富士の高嶺の鳴澤のごと (3358)
共寝するのはほんの短い間、逢いたい思いは富士の高嶺の鳴沢で岩が転げ落ちるように激しい。
梓弓欲良の山邊の茂かくに妹ろを立ててさ寢處拂ふも (3489)
(梓弓) 欲良の山辺の木の茂みに可愛い妹を立たせておいて、寝場所のために草を刈り払うのさ。
さを鹿の伏すや草むら見えずとも子ろがかな門よ行かくしえしも (3530)
牡鹿が伏している草叢に鹿の姿は見えないように、たとえ姿は見えなくてもあの子の家の門口を通り過ぎるのはとても良い気分だ。
人の子の愛しけしだは濱渚鳥足惱む駒の惜しけくもなし (3533)
人の娘を切なく思う時は、(浜渚鳥) 歩み悩んでいる自分の馬も可哀想とは思わない。