相思はずあるらむ子ゆゑ玉の緖の長き春日を思ひ暮らさく (1936)
少しも思ってくれそうにない女のために、(玉の緒の) 長い春の日を思い暮らすことである。
かくばかり雨の降らくにほととぎす卯の花山になほか鳴くらむ (1963)
こんなに雨が降っているのに、ほととぎすは卯の花山でいまも鳴いているのだろうか。
見わたせば向ひの野邊のなでしこの散らまく惜しも雨な降りそね (1970)
見渡すとむこうの野辺に撫子が咲いている。あの花が散ってしまうのが惜しい。雨よ雨、降らないでおくれ。
このころの戀の繁けく夏草の刈り払へども生ひしくごとし (1984)
このごろの恋の絶え間ないことは、夏草がいくら苅りはらっても、またあとからあとから生えてくるようなもの。
相見らく飽き足らねどもいなのめの明けさりにけり舟出せむ妻 (2022)
こうして逢っていてもいつまでも飽き足ることはないけれど、もう (いなのめの) 夜が明けて来てしまった。舟を出して帰らなくては、妻よ。
戀しけく日長きものを逢ふべかる宵だに君が來まさざるらむ (2039)
恋しく思われることは長い間なのに、お逢いできるはずの今宵でさえ、あのお方はどうしておいでにならないのであろうか。
玉かづら絕えぬものからさ寢らくは年の渡りにただ一夜のみ (2078)
二人の縁はいつまでも (玉かづら) 切れることはないが、共寝は一年のうちでこの一夜きり。
さを鹿の心相思ふ秋萩のしぐれの降るに散らくし惜しも (2094)
雄鹿が心に思っている秋萩が時雨れて散ってゆくのが惜しまれる。
おしてる難波堀江の蘆邊には雁寢たるかも霜の降らくに (2135)
(おしてる) 難波堀江の葦が生えた岸辺では雁は寝ているのだろうか、霜が降りているのに。
我がやどの尾花押しなべ置く露に手觸れ我妹子落ちまくも見む (2172)
家の庭先の尾花を押しなびかせて置いているこの露。手を触れてごらん、お前。露がこぼれ落ちるのが見たい。
妻ごもる矢野の神山露霜ににほひそめたり散らまく惜しも (2178)
(妻ごもる) 矢野の神山が露霜に美しく色づき始めた。散るのは惜しいことであるよ。
さ夜ふけてしぐれなふりそ秋萩の本葉のもみち散らまく惜しも (2215)
こんな夜ふけに時雨よ降ってくれるな。萩の本葉のもみじが散るのが惜しいことであるよ。
萩の花咲きのををりを見よとかも月夜の淸き戀まさらくに (2228)
萩の花が枝もたわわに咲き乱れる様を見なさいというので、今宵の月はこんなに清らかに照っているのであろうか。萩の花への愛がますます募るばかりだ。
もみち葉に置く白露の色端にも出でじと思へば言の繁けく (2307)
心の内を表にだすまいと思いつつも、もみじ葉の上に置く白露が色を映えさせてしまうように、いつしか噂がしきりと立つようになりました。
一目見し人に戀ふらく天霧らし降りくる雪の消ぬべく思ほゆ (2340)
たった一度見た人に思い焦がれる苦しさは、空をかき曇らせて雪が降りしきるような激しさで、やがてはその雪も消えてしまうように自分の身も消えんばかりに思われます。
近江の海沖つ島山奧まけて我が思ふ妹を言の繁けく (2439)
近江の海の沖の島山のように遠い先のことまで見通して心の奥深く思っているあの娘のことについて人の噂が絶えることがない。
隱りどの澤泉なる岩根をも通してそ思ふ我が戀ふらくは (2443)
人里離れた沢の泉のほとりにある岩さえも水が貫き通すように一途に思うことである、私の恋は。
大野らにたどきも知らず標結ひてありかつましじ我が戀ふらくは (2481)
大野原に標縄を張って囲うような見境のない契りをしてしまって、永らえることもできそうにない私の恋は。
我妹子に戀ひしわたれば劍大刀名の惜しけくも思ひかねつも (2499)
あの子にこうやって恋し続けていると、(剣大刀) 名の惜しさなど思いもよらないことだ。
相見ては面隱さるるものからに繼ぎて見まくの欲しき君かも (2554)
朝、見られるのが面映ゆくてつい顔を隠してしまうのに、つづけてまたお逢いしたくなるあなたなのです。