栲縄の長き命を欲りしくは絶えずて人を見まく欲りこそ (704)
(栲縄の) 長く生きられる命をわたくしが望んでまいりましたのは絶えずあのお方とお逢いしたい一心からなのです。
むらきもの心碎けてかくばかり我が戀ふらくを知らずかあるらむ (720)
(むらきもの) 心が砕けてしまいそうだ。こんなにもわたしがお慕いしていることをあの人は知らずにいらっしゃるのだろうか。
今しはし名の惜しけくも我はなし妹によりては千たび立つとも (732)
今はもう名を惜しむ気持ちなどわたしにはありません、あなたゆえなら千たび浮名が立つとも。
夜のほどろ我が出でて來れば我妹子が思へりしくし面影に見ゆ (754)
夜明けまだ薄暗い時分に (お別れして) わたしが出てくると、あなたの思い沈まれたご様子がまざまざと目に浮かんでまいります。
夜のほどろ出でつつ來らく度まねくなれば我が胸切り燒くごとし(755)
夜明けまだ薄暗い時分に (お別れして) 帰ってくることがたび重なりましたので、わたしの胸は刃物で切られ火に焼かれるようです。
うち渡す竹田の原に鳴く鶴の間なく時なし我が戀ふらくは (760)
眺めやる竹田の原に鳴く鶴の声のように、絶え間なく定まった時もありません、わたしの恋は。
直に逢はずあらくも多くしきたへの枕去らずて夢にし見えむ (809)
直接お逢いすることもかなわないまま月日が重なってしまいました。(仰せのとおり) (しきたへの) お枕元を離れ申さず夢にお見せいたしましょう。
梅の花散らくはいづくしかすがにこの城の山に雪は降りつつ (823)
梅の花が散るといわれるのは何処のことでしょうか。そうはおっしゃってもこの城の山には雪が降り続いております。(あの雪が散る花なのでしょうか。)
梅の花散らまく惜しみ我が園の竹の林にうぐひす鳴くも (824)
梅の花が散るのを惜しんでわたくしたちの園の竹の林ではうぐいすが鳴いている。
梅柳過ぐらく惜しみ佐保の內に遊びしことを宮もとどろに (949)
梅や柳の見頃が過ぎることの惜しさに佐保の内に出て遊んだばかりのことが、宮廷が鳴り響くような騒ぎになってしまったことよ。
かくしつつあらくを良みぞたまきはる短き命を長く欲りする (975)
こうやって過ごすのが楽しいからこそ、 (人は) (たまきはる) 短い命を長かれと願うのですね。
山の端のささらえをとこ天の原門渡る光見らくしよしも (983)
山の端に出た可愛い美男のお月様が天の原を渡ってゆくその光を眺めるのはまことによいものです。
故鄕の明日香はあれどあをによし奈良の明日香を見らくしよしも (992)
昔住んでいた明日香はそれはそれでよいが (あをによし) 奈良の明日香を見るのはいっそう素晴らしい。
後れにし人を偲はく思泥の崎木綿取り垂でて幸くとそ思ふ (1031)
後に残して来た人を恋しく偲び思泥の崎で木綿を取りしでて無事であれかしと祈りてやまぬ。
常はさね思はぬものをこの月の過ぎ隱らまく惜しき夕かも (1069)
いつもは少しもそう思ったことはなかったのに、この月が隠れて見えなくなるのが惜しい今宵であることよ。
大き海に島もあらなくに海原のたゆたふ波に立てる白雲 (1089)
見渡す限りの大海には島影ひとつ見えないのに、たゆたう波の沖遠く白雲が立ちわたっている。
住吉の名児の浜辺に馬立てて玉拾ひしく常忘らえず (1153)
住吉の名児の浜辺に馬をとめて玉を拾ったその楽しさがいつまでも忘れられない。
沖つ楫やくやくしぶを見まく欲り我がする里の隱らく惜しも (1205)
沖を漕ぐ船の櫂は次第に弱まってきたが、わたくしがいつまでも見ていたいと思うあの里が隠れてゆくのが心残りである。
玉津島見てしよけくも我れはなし都に行きて戀ひまく思へば (1217)
玉津島を見てもよい気持ちにわたしはなれない。都に帰ってからさぞ恋しくてならないだろうと思うと。
大き海の磯もと搖すり立つ波の寄せむと思へる濱の淸けく (1239)
大海の磯の岩根をゆり動かして立つ波がうち寄せようとしている浜のなんと清らかなこと。
大汝少御神の作らしし妹背の山を見らくしよしも (1247)
その昔、大国主命と少彦名命とがお作りになったこの妹と背の山を見るのはなんとも素晴らしい。
世の中は常かくのみか結びてし白玉の緖の絕ゆらく思へば (1321)
世の中とは、しょせんこんなものなのか。固く結んで契ったはずの真珠の紐がぷっつり切れたことを思うと。