文章題を読んで 1 次方程式をうまく立てられない場面にしばしば出くわすのは一体なんなんだろう. 最近仮説として思っているのは, 小学校 5 年生で習うことになっている「単位量 *1 あたりの大きさ」あたりがよく理解できていないこともひとつあるのではないかということだ.
まず、足し算や引き算を違う単位同士で行うことは意味をなさないということが基本である。ところが掛け算や割り算はそうではない.
「何本かの鉛筆があります. 子どもに 人 本ずつ配ると, 本あまります. 子どもに 人 本ずつ配ると, 本たりません. 鉛筆は何本あるでしょうか.」
どちらでもよいが, 仮に子どもの数を 人としたときに, を と書いて, もしかして単位がなにか分からなくなりはじめてはしないだろうか. そこで迷いはじめると等式の関係にたどりつくには困難を極めるだろう. だから, 山の高さを温度差で測ったり, 雷までの距離をピカッと光ってからの音の到着時間で測ったりする例が大事なのだ *2.「 人あたり 本」の「あたり」というのは, 人に 本を「割り当てる」ということであり, つまり 人分と 本は単位の違った測定であるが, 実体は同じということである. *3 人分 とは,
のことであり *4, を代入すれば,
となり, は単位がつかない数の扱いになる. *5鉛筆の本数をいわば人数として測っているという認識が重要である. (ここで躓くと比例や一次関数の「傾き」も実感が湧かないでポカンとするのかもしれない.「傾き」には単位もないからよけいに把握が難しい.)
距離 = 速さ 時間
は, 距離を時間で測っているのである (写像などの概念を持ち出す必要はないだろう).
また, 例の「みはじ」だが, 一次方程式の解法で, のとき,
ということは習ったのだから, 分数 とは 倍すると になるものだということもわかった. 分数 は のことだから,
速さ = 距離÷時間
時間 = 距離÷速さ= (速さの逆数) × 距離
であることもすぐにわかるようになった. 時間を距離で測るには (速さの逆数) を単位量として変換すればよいのである. しかし, 時間で を一定の速さで進めば, 時間あたり ということが分かるために一切の公式は不要だと思う. 他の つも単位の変換に類する問題にすぎない. 先程の例だと鉛筆の本数を 本とすれば, 今度は鉛筆の本数を子どもの人数に変換して等式をつくればよい. *6 子ども 人に鉛筆 本が等価なら子ども 人と鉛筆 本が等価である.
同様の問題が下にあるように, 年度の神奈川県公立高校入試に出ているが, 正答率は となっている.
蛇足だが分数の四則もなぜ, あのような計算をするのかもわかる. たとえば, 分数 とは 倍すると になるものだし, 分数 とは 倍すると になるものだから,
倍すると になるのだから,
から,
である. 加法も同じように分配法則を使って証明できる.
*1:誤解ないように最初に断っておけば, 「単位量」は同語反復気味である. 「単位」は単なる記号ではなく単位とする「量」そのものである.
*2:「測定」とは,基準にとる量 (単位) を決めておいて,ある量を基準の量と比較して,その何倍あるかという数値と基準の量とで,量を表わす手続である.
*3:たとえば卵は として数える.
*4:文字式の扱いは算数が数学になって習うことだが, すでに単位を使って同じことをしていたのである. ただ文字の場合は だが量の場合はなぜか を単に と書くことはあまりしない. たぶん測定値だからだろう. ただ 「 あたり」といえば のことである. これは英語でも per の後に不定冠詞をつけないから同じである.
*5:だから猫砂 の全部の砂の量は である.
*6:なお, 算数では鉛筆の過不足の差が 本であることから, 子どもの数は 7 人であることが直ぐにわかる. ただし 人あたり鉛筆を 本ずつ 回配るという効率的とはあまりいえない分配の仕方を思いつく必要がある.