ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

バタフライ・ライティング


マレーネ・デートリッヒへのライティングとして、彼女の出演作品のほとんどを撮影したリー・ガームスが採用したのは、鼻の下にできている黒い影が蝶々のように見えることから名付けられた「バタフライ・ライティング」である。もっとも、実際の撮影はほとんどジョセフ・フォン・スタンバーグ監督がやっていたという証言もあるから、このライティングは、スタンバーグ自身が採用をしたのかもしれない。ディートリッヒの写真でもっとも有名な『上海特急』(Shanghai Express, 1932) の一場面のものでもこのライティングが採用されている。

この照明ではキー・ライトは鼻筋に沿って上から当てられている。このライティングの命は、顔立ちを決定づける頬骨のあたりのグラデーションであり、下からレフ板やフィルライトを使ってしまうと、そのグラデーションが弱められてしまうので基本は用いない。照明の効果だけに頼るのではなく、デートリッヒは自分の丈夫な上の奥歯まで抜いてしまったと聞いたことがある。テレビののっぺりしたいかにも平板なライティングとバタフライ・ライティングは対極的であり、後者はいかにも映画的である。

記事の冒頭にあるデートリッヒの写真の唇の黒さは、オルソクロマティックのフィルムで撮影したのだろうか、それとも赤をカットするフィルターを使ったのだろうか。虹彩も睫毛がかかっていない部分が透明になっている。すでに書いたことだが、オルソクロマティックのフィルムしか手に入らなかった時代、青い眼をしたサイレント女優たちは、眼がガラスのように透明にフィルムに写り、それを「魚の眼」のようだと言われるのが悩みだったという。キャメラマンのジェームズ・ウォン・ハウは、黒のビロードのような光沢のある布をレフ板にして「魚の眼」にみえにくくすることに成功し、青い眼の女優はみな彼に撮影をしてもらいたがったという。

なお、この眉毛を描くのにデートリッヒ専用のコンパスのような道具があったらしい。淀川長治さんはディートリッヒのことを「生きたヴォーグ誌」と呼んでいた。

話を戻すと、バタフライ・ライティングはある時期、美人がより美人に見えるライティングと言われていたらしい。本当にそうなのか、ハリウッド黄金期またはそれに準じた時代の女優たちのポートレイトを見てみると確かにこのライティングを採用したものが多い。それを少しだけ並べて見る。


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