ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

多十郎殉愛記


巨匠、伊藤大輔監督に捧げられた (1929 年、伊藤大輔と大河内傳次郎が初めて日活太秦でコンビを組んだ『長恨』がもとになっている) このチャンバラ映画を 84 歳の中島貞夫監督が京都のスタッフとともに作ったと聞いて、これは見ないわけにはいかないと思って映画館に駆けつけた。上映前に中島監督の作品を映画館で最初に見たのは何だったろうと思い出していたが、1980 年代初頭に池袋の「日勝文化」で、田中登監督の『安藤昇のわが逃走と SEX の記録』(1976) と二本立で見た『唐獅子警察』(1974) ではないかと思う。やっぱり、ショットが端正にキチンと撮影されている映画は非常に気持ちが良いし、高良健吾の目力も良いし、天下国家など関係なく、まして金など関係なく、ただ多部未華子が演じるおとよと腹違いの弟だけのために闘う姿がひたすらカッコイイなあ、中島監督の初期作品を除くと正直がっかりしたこともある作品群の中で、これは傑作ではないか、良かったなあとか、京都撮影所の伝統はまだ死に絶えていないんだとか思っているうちに、あっという間に泣いてしまっていた。見終わって、これは資本主義的暴挙であってもパンフレットを買わないといけないと思って買って読んでいたら、中島監督よりも二つ年下の蓮實さんの作品評 (『ひたむきに釣瓶を握る女の有無をいわせぬ美しさについて』) があって、それが松田聖子が主演した澤井信一郎の監督処女作『野菊の墓』(1981) の作品評以来の大変秀れたものである (僭越ながら)。蓮實さんの (というか「シネマ 69」に集まった人たちの) 1960 年代の末に懐胎した「画面に寄り添う」映画批評はこのような作品に出会ったとき、無類の斬れ味を発揮する (もともと黒澤明だけがあたかも日本映画だと思われていた当時の既成概念がひたすら蔑視し無視していた特定の秀れたプログラム・ピクチャーを擁護するための闘争手段であった)。これは二度得した気分になった。そこには、

まさか、中島貞夫の映画で、いきなり柄杓を握る多部未華子に泣かされるとは、思ってもみなかったのに……。

とある。その前の

ことによったらミスキャストかもしれぬなどと高を括っていた自分の浅はかを深く恥じ、

と類似の表現は『野菊の墓』のときもあった。

日本映画は 1950 年代をピークにとっくの昔に産業として破綻しているが、高度資本主義の成長の終焉とやらにも無関係に、そして元号が変わるのともまったく無関係に、未だに傑作が作られている。そして、東京オリンピックとも無関係に傑作が作られるのだろうと楽天的になってしまう。それは多十郎が大事にしているものと何か似たものを映画が有しているからかもしれない。


野菊の墓

野菊の墓