三年あまり前の小津安二郎監督の誕生日でも命日でもある 12 月 12 日の「サワコの朝」に香川京子さんが出演されていたのをたまたまテレビで見て、『近松物語』(1954) や『東京物語』(1953) の大女優が語る日本語の美しさに聞き惚れたことと、岸洋子さんの歌をリクエストされていたことを思い出した。
長谷川伸の戯曲 『疵高倉』の映画化であり、大映の田中徳三が新人監督であった 1960 年に撮った 『疵 (きず)千両』を見た。『近松物語』と同じように長谷川一夫と香川京子が共演する作品の一本である。キャメラは、宮川一夫のもとで学んだ本多省三。もう、こんな時代劇がこれからの日本で作られることはないだろう。香川京子が赤ん坊を抱いて会津の子守り歌を唄いながら縁台を下り、画面のこちら側へゆっくり歩いてくるとキャメラもそれに合わせてゆっくりと移動してゆく。すると、いつのまにか弓恵子が同じ会津の子守唄を歌いながら縫い物をしている場面へと切り替わる。彼女が座っている部屋の奥にみえる縁側には長谷川一夫が腰掛け、その子守唄にじっと耳を傾けている。その叙情の素晴らしさ!傑作である。