いまでは死語になったかも知れないが「ポストモダン」などという粗雑な言葉が日本でも 80 年代の後半になるとかなりの頻度で流通していたと思う。
そんな言葉の流行とは別に、雑誌「話の特集」1976 年 1 月号から 1977 年 12 月号まで山田宏一さんによって連載され、1978 年 2 月に表と裏の両方の見返しにアンナ・カリーナの上半身が卵型の大きな鏡に反映し、『友よ映画よ <わがヌーヴェル・ヴァーグ誌>』という題名で纏められた「教育的刺激」に満ち満ちた書籍の「人間的な、あまりにも人間的な」という章は、もしかしたら今までで一番繰り返し読んだ文章かもしれないが、そこには出典は不明だがジャン=リュック・ゴダールが語ったという、
われわれが映画を撮ろうと思ったとき、すでにすべてが試みられてしまっていた。われわれには、もはやなにも語るべきことが残されていなかった
という言葉が引かれている。このゴダールの言葉に存在する「すべて」「なにも」には、たとえば前の記事であげた、
『ラ・ラ・ランド』のように、皆がノスタルジアに浸り、等しく自分に相応しい幻想=快感を覚えるというような類の映画
に存在する「皆」とか「等しく」のような抽象性は感じないし、山田宏一さんもこの章でキーワードとして使っている「ノスタルジア」という言葉の使い方にも絶対的な差異があると思う。実際、カイエ・デュ・シネマ誌の批評家として出発した映画作家たちは、シネマテークやシネクラブや商業映画館の暗闇でグリフィスやムルナウやシュトロハイムや溝口健二やボリス・バルネットや米国時代のフリッツ・ラングやニコラス・レイやダグラス・サークやサミュエル・フラーやロバート・オルドリッチやアンソニー・マンやマンキーウィッツやプレミンジャーやオフュルスやジャン・ルーシュやジャン・ルノワールやロベルト・ロッセリーニといった作品を実際に浴びるほど見て打ちのめされたうえでの自らの体験として語っているからであり、単なる「情報」「知識」だけで実際に見たのかどうかも定かではない作品に「ノスタルジア」を感じている訳ではないからである。
1962 年 12 月のカイエ・デュ・シネマ誌のインタビューでゴダールが語っている、
映画はより大きい距離をとってつくるべきだ
とか
われわれはグリフィスが存在するのを承知していた最初の映画作家なのです
とかいった意識は、映画の歴史を考古学的に遡り、好きな映画の画面を丸ごと暗記し、次に手あたり次第に「差別なく」引用するという肉体化した過激ともいえる敬意を込めた「ノスタルジア」からきているのであり、その徹底した身振りによって、どこでもない「いま、ここ」において、オクシモロン的な「古いものこそ新しい」という二つの相が矛盾しつつ共存することで臨界状態を形成し、創造することを許しているのだ。
ヌーヴェル・ヴァーグやジャズというとしばしば「即興」が語られがちだが、世界の映画史全体といった膨大な基盤を「長い」時間をかけて肉体化していったものが瞬間という「短い」時間の中で炸裂して再結合しているのであって、プルーストの『失われた時を求めて』がそうであったように時間の「長短」は創造という側面では相対概念ではないのである。クイズが解けない人が視点を変えるためにあれこれ試行錯誤してみるように、型から抜け出して「新しさ」を探求しようとするならば、ジャズや映画に限らず現場での「即興」という名の試行錯誤は程度の差こそあれどんな創造行為においても必要なものだと思う。そして試行錯誤においては失敗することはこの上なく貴重であり、だから映画史では偉大な失敗作が顕揚されなければならないのだ。
増補 友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌 (平凡社ライブラリー)
- 作者: 山田宏一
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