鉢植えでだが、エゾノリュウキンカ (ヤチブキ) に近そうな花を初めて見た。この前、植物識別アプリがヤマブキソウを間違ってエゾノリュウキンカと回答していたのでピンと来た。リュウキンカにはいくつかの変種があるので厳密にエゾノリュウキンカに該当するかどうかはわからない。写真はリュウキンカの変種のどれかだろう。エゾノリュウキンカは北国に自生する植物だが、群生しているところで花を見るのは、きっと目に鮮やかだろう。
昨日の記事で、最初間違ってゼニバアオイをゼニアオイと書いてしまったけれどゼニアオイはこちら。昨日の植物は「ゼニバアオイ」。
ニオイテンジクアオイ (ローズゼラニウム)。アオイとつくのでアオイ科と思いきやフウロソウ科である。
イキシア。
マツバギク。
アメリカシャクナゲ。明治も押しつまった時期に東京市 (当時の市長は尾崎行雄) がワシントン D.C. にサクラを寄贈し、それが東と西の両ポトマック公園に植樹され、後の "National Cherry Blossom Festival" のきっかけともなったのは有名である。そのときの米国から日本への返礼はハナミズキだったとされているが、このアメリカシャクナゲも含まれていたらしい。その時期は昭和四年と書いているサイトがあったので時間感覚が大変混乱したが、もし返礼として贈られたのならば昭和四年は遅すぎるので大正四年の誤りだろう。実際に大正期に伝来したと書いているサイトもある。記録によれば、東京市がワシントンD.C.にサクラを送った最初は 1910 年だがこれは害虫が検出されたため米国の検疫を通過できず焼却処分にされた。再度ソメイヨシノ 1,800 本を含む各種のサクラの苗木 3,020 本が横浜港からシアトル経由でワシントンD.C.に到着したのは 1912 年 3 月 26 日で、植樹式が西ポトマック公園でとりおこなわれたのが翌日の 3 月 27 日とあるので、明治天皇が崩御される約 4 ヶ月前となり大正元年ではなく明治 45 年の出来事となる。返礼として米国から日本にハナミズキが贈られたのは 1915 年とあるので大正四年のことである。ハナミズキが 1915 年に日本に贈られたのは間違いないと思うがアメリカシャクナゲも一緒に贈られたというのは普通の文献には出てこない。出典はどうも「園芸植物大事典」あたりらしいが、図書館に行けるようになったら記載があるか同事典を確認してみよう。
ツルウメモドキ。赤土の断崖のところに突き出すように生えていて、近づいてはみたものの危なくてこの微小な花の接写はできず非常に残念だった。雌雄異株でこれは雌株の花だと思う (花の中心に三裂した柱頭が見えるので)。
カラー。
ネズミムギか、ネズミホソムギだろう。
山椒の実 (青山椒)。
シラン。白花の紫蘭もある。