ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

そして再び算数

比喩でもなんでもなく, 文字通り人は人生で何回かけ算をする必要に迫られるのか知らないが, 特定の人にとってはかなりの回数に上ることは事実だろう. 二桁以上のかけ算は技術用語で「積和演算」といって重たい部類の計算として知られている.

算数では「計算の工夫」というのがあって好きな言葉である. 一時期「インド式計算」などという言葉があった (今でもあるのかもしれない). 国会図書館のデジタル検索で「速算法」と入れて検索してみれば, 明治, 大正, 昭和初期にかけて夥しい数の書物が表示される. 中には怪しげなものもあって, とても全部は見きれないがその何冊かを実際に読んでみれば,「インド式計算」について触れていない書物などほぼ皆無であることがわかる. それらの書物のかなりの部分をかけ算の速算法が占めているのもまた確認できる. かけ算をなるべく効率的に行うことが「速算」のポイントであることぐらい当時の人は当然知っていて、その方法についてもかなりの人が熟知していたと思われる.

「速算法」など知らなくても携帯端末さえあれば用は足りる時代に入って, そんなものは不要とばっさり記憶から抹殺してしまうのもひとつの考え方かもしれない. しかし, 意味が薄れているのは「早く正確な」計算をするために特定のアルゴリズムを人間が習熟すること (筆算の部分はそうである) であって, 「計算の工夫」の部分は今でも意味を失っていないのではないかと思う.

そういうことを, 桁上がりの数字をあまりにも大きく書きすぎて, ときどきかけ算の計算間違いをする小学 3 年生を見ながら考えた. その後, 桁上がりの数字はどの位の大きさで書くのが一番良いのか, その小学生と妙に話が弾んだ.