古本を見ていたら『若菜集』の復刻版があったので買って何ということなしに眺めていた。下の詩『春の歌』なんか「冰」は「氷」で今はあまり使わない漢字だなあ。しかし、「冰」は「氷」の正字だと辞書にある。現在は名詞は「氷」で、動詞は「凍る」を使うので、単純に「氷」に直して表記してよいかどうか疑問である。尚、一箇所誤植があって「冰」が「永」になっていた。
春の歌
春はきぬ
春はきぬ
初音やさしきうぐひすよ春はきぬ
こぞに別離を吿げよかし
谷間に殘る白雪よ
葬りかくせ去歲の雪
春はきぬ
春はきぬ
さみしくさむくことばなく春はきぬ
まづしくくらくひかりなく
みにくゝおもくちからなく
かなしき冬よ行きねかし
春はきぬ
春はきぬ
淺みどりなる新草よ春はきぬ
とほき野面を畵けかし
さきては紅き春花よ
樹々の梢を染めよかし
春はきぬ
春はきぬ
霞よ雲よ動ぎいで春はきぬ
冰れる空をあたゝめよ
花の香おくる春風よ
眠れる山を吹きさませ
春はきぬ
春はきぬ
春をよせくる朝汐よ春はきぬ
蘆の枯葉を洗ひ去れ
霞に醉へる雛鶴よ
若きあしたの空に飛べ
春はきぬ
春はきぬ
うれひの芹の根を絕えて春はきぬ
冰れるなみだ今いづこ
つもれる雪の消えうせて
けふの若菜と萠えよかし
初戀
まだあげ初めし前髮の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の實に
人こひ初めしはじめなり
わがこゝろなきためいきの
その髮の毛にかゝるとき
たのしき戀の盃を
君が情に酌みしかな
林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が蹈みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ
知るや君
- こゝろにもあらぬ秋鳥の
- 聲にもれくる一ふしを
- 知るや君
- 深くも澄める朝潮の
- 底にかくるゝ眞珠を
- 知るや君
- あやめもしらぬやみの夜に
- 靜にうごく星くづを
- 知るや君
- まだ彈きも見ぬをとめごの
- 胸にひそめる琴の音を
- 知るや君