ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

われから

『われから』を読んで、あるときから、一葉はもしかしたら黙示録を書いたのではないかという愚にもつかない想像が頭から離れない。

まず、『軒もる月』でお袖が櫻町の殿の艶書を裂いて燃やす場面の描写に較べて、美尾が家出したときの與四郎のそれはなんとつまらないんだろうと正直思ったりした。もちろん、與四郎の妻である美尾が家出した経緯がそっくり省略されていることは、一葉作品の語り手に「説明責任」の意識などないことはわかっているので当然だし、『うつせみ』がそうであったように薄々のことは断片をつなぎあわせてみればちゃんとわかるようになっているのであるから、そこにまったく文句はない。ただ、いかんせん『軒もる月』に較べてここにある描写は活劇にしてもあまりに類型的である。

與四郞は忽ち顏の色靑く赤く、唇を震はせて惡婆、と呌びしが、怒氣心頭に起つて、身よりは黑烟りの立つ如く、紙幣も文も寸斷〴〵(ずた〴〵)に裂いて捨てゝ、直然と立しさま人見なば如何なりけん。

それで、この場面を「日本の敗戦」だと考えて社会小説として読んでみるとどうなるだろうかと思ったことが、この小説が「黙示録」であるという妄想に取り憑かれたきっかけである。その妄想では、これ以降の物語上の時は経済成長を遂げた「戦後日本」に相当し、最後の町の破滅は「此電信の何處までかゝりて、一町每に風說は太りけん」というところから来ているので、まるで現在のネット社会そのものなのである。一葉はこの小説の「九」(興味深い段であるがここでは触れない) を折り返し地点として「十」以降では、噂話や風説が物語を語り、支配してしまうという、いままでの一葉作品にはない新しい試みをしていると思う。『曉月夜』はやはり母娘二代の血筋の因縁のような作品だったが、『曉月夜』の最後の第六回は一重の告白に仮託して語られるのに対し、この作品ではまったく異なるやり方で物語が語られている。それは一葉の作品自身がどのように読まれていくかということさえ、予見させるものかもしれない。以下は「十」から取り上げた。尚、幸田露伴が小説を書く前には電信技師だったということはよく知られているが、一葉の時代、国内の主要幹線は確立して、電信はすでに普及していたのである。

我れと我が身に持て腦みて奧さま不覺(そゞろ)に打まどひぬ、此明くれの空の色は、晴れたる時も曇れる如く、日の色身にしみて怪しき思ひあり、時雨(しぐれ)ふる夜の風の音は人來て扉(とぼそ)をたゝくに似て、淋しきまゝに琴取出(とりいだ)し獨り好みの曲を奏でるに、我れと我が調(てう)哀れに成りて、いかにするとも彈くに得堪えず、淚ふりこぼして押やりぬ。ある時は婦女(をんな)どもに凝る肩をたゝかせて、心うかれる樣な戀のはなしなどさせて聞くに、人は腮(あご)のはづるゝ可笑しさとて笑ひ轉(こ)ける樣な埒(らち)のなきさへ、身には一々哀れにて、我れも思ひの燃ゆるに似たり、一夜仲働きの福こゑを改めて、言はねば人の知らぬ事、いふて私の德にも成らぬを、無言にゐられませぬは饒舌(おしやべり)の癖、お聞きに成つても知らぬ顏に居て下さりませ、此處にをかしき一條の物がたりと少し乘地(のりぢ)に聲をはづますれば、夫れは何ぞや。お聞なされませ書生の千葉が初戀の哀れ、國もとに居りました時そと見初めたが御座りましたさうな、田舍物の事なれば鎌を腰へさして藁草履で、手拭ひに草束ねを包んでと思召ませうが、中々左樣では御座りませぬ美くしいにて、村長の妹(いもと)といふやうな人ださうで御座ります、小學校へ通ふうちに淺からず思ひましてと言へば、夫れは何方(どちら)からと小間使ひの米(よね)口を出すに、默つてお聞、無論千葉さんの方からさとあるに、おやあの無骨さんがとて笑ひ出すに、奧樣苦笑ひして可憐(かはい)さうに失敗(しくじり)の昔し話しを探り出したのかと仰しやれば、いえ中々其やうに遠方の事ばかりでは御座りませぬ、未(ま)だ追々にと衣紋(えもん)を突いて咳拂ひすれば、小間使ひ少し顏を赤くして似合頃の身の上、惡口の福が何を言ひ出すやらと尻目に眺(にら)めば、夫れに構はず唇を甞めて、まあお聞遊ばせ、千葉が其子を見初ましてからの事、朝學校へ行まする時は必ず其家(そこ)の窓下を過ぎて、聲がするか、最う行つたか、見たい、聞たい、話したい、種々(いろ〳〵)の事を思ふたと思し召せ、學校にては物も言ひましたろ、顏も見ましたろ、夫れだけでは面白う無うて心いられのするに、日曜の時は其家の前の川へ必らず釣をしに行きましたさうな、鮒やたなごは宜(い)い迷惑な、釣るほどに釣るほどに、夕日が西へ落ちても歸るが惜しく、其子出て來よ殘り無くお魚を遣(や)つて、喜ぶ顏を見たいとでも思ふたので御座りましよ、あゝは見えますれど彼れで中々の苦勞人といふに、夫れはまあ幾歲(いくつ)のとし其戀出來てかと奧樣おつしやれば、當てゝ御覽あそばせ先方(むかふ)は村長の妹、此方(こちら)は水計(ばかり)めし上るお百姓、雲にかけ橋、霞に千鳥などゝ奇麗事では間に合ひませぬほどに、手短かに申さうなら提燈に釣鐘、大分其處に隔てが御座りまするけれど、戀に上下の無い物なれば、まあ出來たと思しめしますか、お米どん何とゝ題を出されて、何か言はせて笑ふつもりと惡推(わるずい)をすれば、私は知らぬと橫を向く、奧樣少し打笑ひ、成り立たねばこそ今日の身であろ、其樣なが萬一(もしも)あるなら、あの打かぶりの亂れ髮、洒落氣なしでは居られぬ筈、勉強家にしたは其自狂(やけ)からかと仰しやるに、中々もちまして彼男(あれ)が貴孃(あなた)自狂など起すやうな男で御座りましよか、無常を悟つたので御座りますと言ふに、そんなら其子は亡くなつてか、可憐さうなと奧さま憐がり給ふ、福は得意に、此戀いふも言はぬも御座りませぬ、子供の事なれば心にばかり思ふて、表向きには何とも無い月日を大凡(おほよそ)どの位送つた物で御座んすか、今の千葉が樣子を御覽じても、彼(あ)れの子供の時ならばと大底にお合點が行ましよ、病氣して煩つて、お寺の物に成ましたを、其後何と思へばとて答へる物は松の風で、何うも仕方が無からうでは御座んせぬか、さて夫からが本文(ほんもん)で御座んすとて笑ふに、福が能い加減なこしらへ言、似つこらしい噓を言ふと奧さま爪はじき遊ばせば、あれ何しに噓を申ませう、左りながらこれをお耳に入れたといふと少し私(わたし)が困りの筋、これは當人の口から聞いたので御座りますと言へば、噓をお言ひ、彼男(あれ)が何うして其樣な事を言はう、よし有つてからが、苦い顏でおし默つて居るべき筈、いよ〳〵の噓と仰しやれば、さても情ない事その樣に私の事を信仰して下さりませぬは、昨日の朝千葉が私を呼びまして、奧樣が此四五日御すぐれ無い樣に見上げられる、何うぞ遊してかと如何にも心配らしく申ますので、奧樣はお血の故(せゐ)で折ふし鬱(ふさ)ぎ症にもお成り遊すし眞實お惡い時は暗い處で泣いて居らつしやるがお持前と言ふたらば、何んなにか貴孃吃驚(びつくり)致しまして、飛んでも無い事、それは大層な神經質で、惡るくすると取かへしの付かぬ事になると申まして、夫れで其時申ました、私が鄕里の幼な友達に是れ〳〵斯う言ふ娘が有つて、癇もちの、はつきりとして、此邸(ここ)の奧樣に何うも能く似て居た人で有つた、繼母(まゝはゝ)で有つたので平常(つね)の我慢が大底ではなく、積つて病死した可憐(かはいそう)な子と何(いづ)れ彼(あ)の男の事で御座りますから、眞面目な顏であり〳〵を言ひましたを、私がはぎ合せて考へると今申た樣な事に成るので御座ります、其子に奧樣が似ていらつしやると申たのは夫れは噓では御座りませぬけれど、露顯しますと彼男(あれ)に私が叱られます、御存じないお積りでと舌を廻して、たゝき立る太皷の音さりとは賑(にぎ)はしう聞え渡りぬ。