ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

五重塔

露伴の『五重塔』を久しぶりに読み返して、なぜこの作品はこうまで読みやすいのだろうと考えこんでしまった。目に入る漢字とそれを訓む音の響きの結合が絶妙なためだろうか。下に挙げた出だしのところの、語りが嘘のような滑らかさで青黛眉の女の独白へ移行してしまうところなど、ただひたすら何度も読むことより他にその素晴らしさへ敬意を表わす方法などないように思えてしまう。

木理(もくめ)美(うるは)しき槻胴(けやきどう)、緣にわざと赤樫を用ひたる岩疊作(がんでふづく)りの長火鉢に對(むか)ひて話し敵もなく唯一人、少しは淋しさうに坐り居る三十前後の女、男のやうに立派な眉を何日掃ひしか剃つたる痕の靑々と、見る眼も覺むべき雨後の山の色をとゞめて翠(みどり)の匂ひ一しほ床しく、鼻筋つんと通り眼尻キリヽと上り、洗ひ髮をぐる〴〵と酷(むご)く丸めて引裂紙(ひつさきがみ)をあしらひに一本簪(いつぽんざし)でぐいと留(とゞ)めを刺した色氣無の樣はつくれど、憎いほど烏黑(まつくろ)にて艷ある髮の毛の一綜二綜後(ふさふたふさおく)れ亂れて、淺黑いながら澁氣の拔けたる顏にかゝれる趣きは、年增嫌ひでも褒めずには置かれまじき風體、我がものならば着せてやりたい好みのあるにと好色漢(しれもの)が隨分賴まれもせぬ詮議を蔭では爲(す)べきに、さりとは外見(みえ)を捨てゝ堅義を自慢にした身の裝(つく)り方、柄の選擇(えらみ)こそ野暮ならね高が二子(ふたこ)の綿入れに繻子襟かけたを着て何處(どこ)に紅くさいところもなく、引つ掛けたねんねこばかりは往時(むかし)何なりしやら疎い縞の絲織なれど、此とて幾度か水を潛(くぐ)つて來た奴なるべし。
 今しも薹所にては下婢(おさん)が器物洗ふ音ばかりして家内(やうち)靜かに、他には人ある樣子もなく、何心(なにごゝろ)なくいたづらに黑文字を舌端(したさき)で嬲り躍らせなどして居し女、ぷつりと其を嚙み切つてぷいと吹き飛ばし、火鉢の灰かきならし炭火體よく埋け、芋籠より小巾(こぎれ)とり出し、銀ほど光れる長五德を磨き、おとしを拭き、銅壺(どうこ)の蓋まで綺麗にして、さて南部霰地(あられ)の大鐵瓶を正然(ちゃんと)かけし後、石尊樣詣りのついでに箱根へ寄つて來しものが姉御へ御土產(おみや)と呉れたらしき寄木細工の小纎麗(こぎよう)なる煙草箱を、右の手に持た鼈甲管(べつこふらを)の煙管(きせる)で引き寄せ、長閑(のどか)に一服吸ふて線香の烟(けむ)るやうに緩々(ゆる〳〵)と烟りを噴(ふ)き出(いだ)し、思はず知らず太息吐(ためいきつ)いて、多分は良人の手に入るであらうが增いのつそりめが對(むこ)ふへ廻り、去年使ふてやつた恩も忘れ、上人樣に胡麻摺り込んで、强(たつ)て此度の仕事を爲(せ)うと身の分(ぶん)も知らずに願ひを上げたとやら、淸吉の話しでは上人樣に依怙贔屓の御情(おこゝろ)はあつても、名さへ響かぬのつそりに大切の仕事を任せらるゝ事は檀家方の手前寄進者方の手前も難しからうなれば、大丈夫此方(こち)に命(いひつ)けらるゝに極(きま)つたこと、よしまたのつそりに命(いひつ)けらるればとて彼奴(あれめ)に出來る仕事でもなく、彼奴の下に立つて働く者もあるまいなれば見事出來(でか)し損ずるは眼に見えたこととのよしなれど、早く良人が愈々御用命(いひつ)かつたと笑ひ顏して歸つて來られゝばよい、類(るゐ)の少い仕事だけに是非爲(し)て見たい受け合つて見たい、慾德は何でも關(かま)はぬ、谷中感應寺の五重塔は川越の源太が作り居つた、嗚呼よく出來(でか)した感心なと云はれて見たいと面白がつて、何日になく職業(しやうばい)に氣のはずみを打つて居らるゝに、若し此仕事を他(ひと)に奪られたら何のやうに腹を立てらるゝか癇癪を起さるゝか知れず、それも道理であつて見れば傍(わき)から妾(わたし)の慰めやうも無い譯、嗚呼何にせよ目出度う早く歸つて來られゝばよいと、口には出さねど女房氣質(かたぎ)、今朝背面(うしろ)から我が縫ひし羽織打ち掛け着せて出したる男の上を氣遣ふところへ、表の骨太格子手あらく開けて、姉御、兄貴は、なに感應寺へ、仕方が無い、それでは姉御に、濟みませんが御賴み申します、つい昨晚醉(ゆうべへゞ)まして、と後は云はず異な手つきをして話せば、眉頭(まゆがしら)に皺をよせて笑ひながら、仕方のないも無いもの、少し締まるがよい、と云ひ〳〵立つて幾干(いくら)かの金を渡せば、其をもつて門口に出で何やら諄々(くど〳〵)押問答せし末此方(こなた)に來りて、拳骨で額を抑へ、何(どう)も濟みませんでした、ありがたうござりまする、と無骨な禮を爲たるも可笑(をかし)。