ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

陥没地帯 (143)

陶芸家の処のトサミズキが咲き始めた。隣にあるイヨミズキも一輪だけ開花している。

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ミザクラだと思うが、種類は分からない。これも陶芸家の処で。コブシの花も咲き始めたなあ。
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昭和七年発行の研究社編の旧制中学 4, 5 年向けの学習誌「上級数学」を読んでいたら、これがなかなか面白い。空間図形の初回の部分を新仮名遣いに直してみた。



平面の決定

今度中学の五年生になった太郎は或る麗かな土曜日の午後、昨年中学校の教師を引退して花作りに余念のない伯父さんを尋ねました。

太郎 伯父さん。今日は。
伯父 退屈で困っているよ。時々お遊びにおいで。
太郎 僕もいよいよ立体幾何を学びはじめました。
伯父 解るかね。
太郎 定理も問題も今のところ判りきったことのみですが、さてその証明となると平面幾何の場合とちがって中々呑みこめません。今日は少しその復習をして頂くつもりで上がったのです。
伯父 どの辺まで学んだのか。
太郎 第一章の平面の決定というところだけ。まだ三時間ほど習っただけです。
伯父 少し質問して上げよう。平面とは如何なる面か?平面の定義?
太郎 その面上の任意の二点を結ぶ直線が常にその面に密着する如き面を平面といいます。
伯父 よしよし。其の定義で最も大切な部分は——任意の二点——とある処だろう。何故だか判るか。
太郎 例えば直円柱や直円錐のように曲がった面でも或る限られた方向に二点を取れば、その二点を結ぶ直線はその面に密着するがあの面は決して平かではない、即ち平面ではない。

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いづれの方向に二点を取ってもその二点を結ぶ直線が常にその面に全く含まれるような面でなくては平面とはいえないのです。
伯父 よし判った。平面に関する基本の公理を学んだろう。
太郎 一直線とその上にあらざる一点を通る平面は唯一つだけある。云いかえると一直線とその上にあらざる一点は一平面を決定する (或いは一平面を定める) というのでしょう。
伯父 そうそう。決定するという言葉の使い方も注意して置く必要があるね。「二点は一直線を定める」或は「一直線上にない三点は一円周を定める」といえばどういうことか。
太郎 二点を通る直線は唯一つだけある。一直線上にあらざる三点を通る円周は唯一つだけあるということです。
伯父 先程述べた平面の公理の外に矢張り平面の決定に関する、二三の定理を学んだろう。
太郎 次の三つです。
定理 1. 同一直線上にあらざる三点は一平面を決定する。
定理 2. 相交わる二直線は一平面を決定する。
定理 3. 平行なる二直線は一平面を決定する。
伯父 定理 1 を証明してごらんよ。
太郎 その証明は教科書にも書いてあります。殆ど暗記して居ります。次の通りです。

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題意:A, B, C を同一直線上にあらざる三点とすると A, B, C を含む平面は一つあって一つしかない。

証明:直線 AB を引くと、C は題意により直線 AB 外の点であるから公理によって AB と C とを含む平面は唯ひとつある。之を P と名付ければ P は明らかに三点 A, B, C を含む。故に A, B, C を含む平面は少なくとも一つはある。

次に A, B, C 三点を含む平面は必ず AB と C を含むべきである。然るに AB と C とを含む平面は公理により P より他には無い。依って A, B, C 三点を含む平面は唯一つよりない。
伯父 大変結構。先づ条件に適する平面の存在することを述べ、次にそれが唯一つであることを証明して最後を結んだところ、非難の余地がない。序でに定理 2、定理 3 も証明してごらん。
太郎 定理 2 と定理 3 とは定理 1 の系となって居て教科書には証明がありませんでした。定理 2 は伯父さんにお願いしたいもんですな。
伯父 教科書になくとも学校では学んだんだろう。
太郎 学びましたが少し自信が無いのです。
伯父 退屈しのぎにやって見るか。

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題意:AB, AC を相交る二直線とすると、AB, AC を含む平面は一つであって唯一つしかない。

証明:AB, AC は題意によって A 点にて相交る二直線であるから AC 上に A の他に任意の一点 C をとると C は直線 AB 上には無い。故に AB と C とで一つの平面を定める。此平面を P とすれば、A, C はいづれも P 上の点であるから直線 AC は P に含まれる。即ち AB, AC は一つの平面 P に含まれる。

次に AB, AC を含む平面は面は唯一つしかない。何故ならば AB と AC を含む平面が P の他にあるとすると AB とその上にあらざる一点 C を含む平面が二つ以上あることになって公理に反する。

よって相交わる二直線 AB, AC を含む平面は一つあって唯一つである。
太郎 私の考えて居た通りでした。
伯父 ずるいことをいう。次の定理はお前の番だ。
太郎 承知しました。

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題意:AB, CD を平行直線とすると、AB, CD を含む平面は一つあって唯一つに限る。

証明:平行線の定義「二つの直線が同一平面上にあって双方に如何程延長しても相交らないときこの二直線は平行である」によって AB, CD を含む一平面のあることは証明を待たないで明らかである。故に AB, CD を含む平面が唯一つしかないことを証明すればそれでよい。

ところが………
伯父 ところがどうした。その後が肝心でないか。そこ迄は証明を待たないで明らかである。
太郎 其後の処がはっきりしないのです。伯父さんにお願いします。
伯父 兜を脱いだね。ではやろう。AB, CD を含む平面が二つ以上あると仮定して見ると、直線 AB と其上にあらざる一点 C を含む平面が二つ以上あることになるだろう。従ってこれは公理に反するではないか。

依って AB, CD を含む平面は一つあって唯一つに限る。
太郎 なーんだ。それではこれでもよいでしょう。

AB, CD を含む平面が二つありと仮定すると、一直線上にあらざる三点 A, B, C を含む平面が二つあることとなってこれは定理 1 に反する。

依って AB, CD を含む平面は一つあって唯一つに限る。
伯父 残念だがそれでもよい。太郎、一寸注意して置くが教科書によってはね、以上の三定理を皆公理として取扱ってあるのもあるし、或は定理 1 を公理として他の二定理及び初めの公理を定理として証明してある教科書もある。

が要するにこれらの四つはいづれも同様に重要なのだからよく覚えて居ることが必要である。伯父さんが問題を一つ出すから解いてごらん。

問題 1. 一定点を通る直線がこの点を通らない一定直線に沿って動くときその直線は常に同一の平面上にあることを証明せよ。
太郎 一定直線に沿って動くというのはどういうことです。
伯父 一定直線に交わりながら動くということだ。
太郎 それでは次の通り。

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題意:一点 O を通る直線が、O を通らない一定直線 XY と A にて交わりながら動くとき OA は常に同一の平面上にある。

証明: O は題意により XY 上にない点であるから O と XY とは公理により同一平面を定める。この平面を P とせよ。

さて直線 OA は P 上の点 O と、同じく P 上にある XY の上の一点 A とを通る直線である。依って OA は A が如何に XY を動くとも常に P 上の 2 点を通って居るから平面の定義により OA は常に P に含まれる。即ち OA はいつも同一の平面 (O と XY の定める平面) 上にある。
伯父 大変よろしい。今一問出そう。
問題 2. 二つの平行線の一つの上の任意の点を他の上の任意の点と結び付ける直線は平行線の平面上にあることを証明せよ。
太郎 大変やさしいですね。

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証明:AB, CD を平行線とし、AB, CD の定める平面を P とせよ。今 AB, CD 上の点 E, F を結ぶ直線は P の上にあることを証明せんに、E, F は AB, CD 上の点であるから勿論 AB, CD の定める平面 P の上の点である。従って平面の定義により E, F を結ぶ直線 EF は P に含まれる。
伯父 こんなやさしい問題が出来ぬようでは駄目だと思って居たがどうやら出来たね、では教科書にある例題を読んで御覧なさい。
太郎 伯父さん相変らず負け惜しみが強いですね。読みますよ。

例題

1. 位置の定まっている二つの平行直線 AB, CD の各に交わりながら動く直線  \mathcal{l} は常に同一の平面上にあることを証明せよ。

2. 相交わる二直線 OA, OB の各に交わりながら動く直線は常に同一の平面上にあることを証明せよ。

3. 相交わる二直線 OA, OB の一つ OA に平行でありながら OB に沿って動く直線は常に同一の平面上にあることを証明せよ。

4. いづれの三つも同一の直線上にない四つの点 A, B, C, D がある。これらの中の点で定められる平面は幾個あるか。

5. 四点 A, B, C , D が同一平面上にないとき直線 AC, BD は交り得るか。

伯父 太郎出来そうか。
太郎 (1)、(2)、(3) は出来そうですが、後の問題には自信が無いです。この次の時間迄に学校にやって行くことになって居ますから今日御伺いして帰りたいものです。

太郎は伯父に種々質問し疑義を確かめて次のように要点をノートに記入して帰りました。

【略解】

1. AB と CD との定める平面を P とするときこの双方に交わりながら動く直線  \mathcal{l} はいつも P 上に二点 (AB 上の点と CD 上の点) を通っているから常に P に含まれる。即ち常に同一平面上にある。

2. 相交二直線 OA, OB は一平面を定める。之を P とする。OA, OB に各々交わる直線は結局 P 上の二点を通る直線であるから常に P の上にある。

3. OA, OB の定める平面を P とし、OA に平行でありながら OB に沿って動く直線の任意の一つの位置を O'A' とし OB との交りを O' とするとき OA, O'A' は一平面 Q を定める。然るに P と Q とは OA とその直線外の点 O' を共有するから一致しなければならぬ。依って OA' は常に P に含まれる。

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4. 三点 A, B, C; A, B, D; A, C, D; B, C, D の定むる四平面。

5. AC, BD が相交わると仮定すると AC, BD は一平面を定める。従って A, B, C, D が一平面上にあることとなり仮設に反する。故に相交わらない。