ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

気晴らし (12)

近所のごく小さな稲荷神社にエビネが咲いていた。

散歩をしていると、口もとをなにも覆わないで荒い息をしながらジョギングをしている人が近くに迫ってくることがあって、細い山道のようなところだとなかなか避けるにも避けられず、唯一これだけは危険を感じるなあ、どうすれば良いのだろうと困っていたら、山中伸弥教授がこの件についてメディアを通じて指摘してくれたらしい。どれだけの人がそれを実際に受けとめてくれるのかわからないが、とにもかくにも有り難い話である。山中教授のホームページでは、走って息が烈しくなっている場合、10 m 程度の対人距離をとらないと安全とはいえないという海外の研究結果も紹介されており、やはり杞憂ではなさそうである。しかし、10 m は厳しいなあ。

話は全然変わって、図書館にも行けなくなったので、中野重治全集を借りて読むという 2020 年に発見した新たな楽しみも途中で失われてしまったのだが、しょうがないので、彼の古本をネットから取り寄せて読んでいる。その本は『あけびの花』という軽妙なエッセイ集で、ちょうどあけびの花を見たばかりだったので、「小説新潮」の 1973 年 1 月号に発表というから、中野が 70 歳で書いたはずの随筆 「あけびの花」を早速読んだ。あけびを歌った短歌で名高い斎藤茂吉の作品について『斎藤茂吉ノオト』を書いた中野だが、自宅で友人がくれたあけびの苗を育ててその実を食べていたことは伺わせるものの、あけびの花についてはかなり遅くなるまで関心をよせるということはなかったらしい。随筆にはこうある。

ところで、あけびの花というのを私はついつい見すごしてきていた。そうして、ニ〜三年まえになってやっと気づいて、気づいてみるとこれはなかなかにちょっとしゃれたものだった。どんなふうにしゃれているか。第一には形、姿がしゃれている。第二にその色がしゃれている。色の説明をしたいが、それはちょっとむずかしい。それは、人それぞれによっていろんな連想で思い描かれるといったふうの紫いろの一種だった。とにかく、それが花屋に出たのを私は見たことがなかった。新派のいろんな活花師匠たちがはびこっているらしいが、彼ら、彼女らがあけびを活けたという話は、寡聞の私についぞ耳にはいらなかった。

『梨の花』 を読むと中野は草木が好きだったのではと思わせるが、実際 1951 年の 「へちま くちなし えぞすみれ」には「いつのまにやら草や木が好きになった」とある。庭でたくさんの草や木を育てたらしい。1956 年の 「木の名、鳥の名」にはこうもある。

それに比べると、木の名のほうはたくさん知っている。松の木、杉の木、欅(けやき)の木、桜の木、柳の木、梅の木、桃の木、李(すもも)の木、梨の木、栗の木、桐の木、青桐、枇杷(びわ)、柊(ひいらぎ)、あすなろ、たぶの木、栂(とが)の木、ぐみの木、高野槙(こうやまき)、榎(えのき)、楓(かえで)、ざくろの木、ひゃくじつこう、桑の木、ねぶの木、棕櫚の木、つつじの木、椿の木、椎の木、榧(かや)の木、榛(はん)の木、さんちん、うめもどき、もくせい、柿の木、檜(ひのき)、くじゃく杉、らかんじゅ、はいびゃく、ひもろの木、樫の木、これに牡丹の木、藤、だんちくまで入れるとずいぶんたくさん知っている。大人どもも、鳥の名よりは木の名のほうをよけいに知っているようだ。

北陸出身の方だけあってイヌマキのことを「らかんじゅ」と書いている。「だんちく」は木ではなくて(多年)草だなあ。「さんちん」は全然わからないので調べたら、いまや絶滅危惧種のクロミサンザシのことかもしれない。残念ながら木は見たことがない。現在木が残っているのは、北海道と長野県 (菅平) の限られた地域に過ぎないとのことで、湿地や氾濫原を好むこの木は湿地帯が減少したことと、河川管理・ダムの建設が進んだことで急速に種が衰退したと独立行政法人 森林総合研究所のホームページにはある。栂は「とが」という読み方も残っているが「つが」と読むほうが普通ではないかと思う。「ねぶの木」はネムノキのこと。榛(はん)の木は、ついこの前、泉の森の水辺にあってじっくりと見てきた。「くじゃく杉」がよくわからないけれど、クジャクヒバのことを指しているのかなあ。「はいびゃく」はハイビャクシンのことでいまでもよく略す。「ひもろの木」は榊(さかき)のことかなあ。ヒサカキも榊の代わりに神事に使われることがある。泉の森にはヒサカキはたくさんある。

※ ミツバアケビの蔓も見つけたが、残念ながら開花期はちょうど終わったようだった。