ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

濡れ髪牡丹


日本映画黄金期の大スター、京マチ子と市川雷蔵という、これ以上何を望めばいいのかと思うような贅沢な共演で、時代劇でありながらソフィスティケイテッド・コメディでもある。おまけに京マチ子の入浴シーンまである。目にも色鮮やかな紫の傘の柄に仕込まれた刀が抜かれたとき、京マチ子が舞踏のように演じる殺陣は、キン・フー監督の映画のチャン・ペイ・ペイとはまた違った格別な優美さがある。殺陣の最中に真上から開いた日傘を俯瞰したショットは、傘が出てくる映画の場面集の一つとして必ず入れたくなる秀逸さである。戦前からの伝統を受け継いだ熟練したスタッフは、美しい雪まで降らしてくれている。監督は溝口健二や黒澤明のチーフ助監督をしていた田中徳三監督。かつて国際的な映画祭でグランプリを連発した大映京都撮影所の 1961 年の佳作である。

ストーリーは極めて他愛ない、かぐや姫の婿選びの翻案のようなもので、三千人の手下を持つ女親分 (京マチ子) が婿候補に次から次へと試験を課して、名乗り出た候補者はみな脱落していく中、市川雷蔵が現れて三度目の正直で京マチ子を射止めるというものである。市川雷蔵は、柔術は起倒流、算盤は直指流、剣術は柳生新陰流、忍術は甲賀流、種子島砲術は免許皆伝の腕前、甲州流早駆けは免許皆伝の足前、かつて僧籍にあった身で読経もできる、歌舞伎は成田屋免許皆伝、お茶は千家で、華道は池坊、礼法は小笠原流で書道が大師流、おまけに絵も描けば、俳句も切れる、歌も詠んじゃう、縫い物、料理も得意、和蘭医学を十年極めた、千手観音も裸足で逃げるという役どころを嫌味なくやっている。

こんな楽しい映画を一ヶ月に一本のペースで作っていたのだから、当時の日本映画の実力は想像を超えている。往時の観客はあまりにも目が肥え過ぎていて、その当時の投書には雷蔵が二丁の算盤で同時に計算する場面で、算盤を弾く手のアップは、雷蔵の手にはみえないとかケチをつけているものがあった。此方はそのショットを見ていてもそんなこと全然気付きもしなかった。雷蔵の映画を何本もいつもあたり前に見ていたから、雷蔵の手がどんな風であるかまで覚えているのだ。

京マチ子はいったい、いくつの表情と仕草を持っていたのだろう。ほんのちょっとした表情や仕草の一挙手一投足が、美しさ、可愛いらしさ、男勝りの気丈さとして、次から次へと変幻自在にピシャリピシャリときまっていき、それを見ているものは全てを瞬間的に悟るとともに、無上の幸福感で充されてしまう。


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