ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

9. ワイル代数


9-1. 次数付き環と次数付き加群

 R について、各  n \in \mathbb{Z} に対して、部分加法群

 R^n \subset R

が定められていて、

 R = \bigoplus_{n \in \mathbb{Z}} R_n, \\R_nR_m \subset R_{n+m} \,(n, m \in \mathbb{Z}), \\1 \in R_0

のとき、 R を「次数付き環 (graded ring)」という。 R_n n 次斉次部分、その要素  x \in R_n を次数  n の斉次要素という。

 R_0R_0 \subset R_0

は常に成立するので、 R_0 R のイデアルである。各  R_n は両側  R_0 加群で、 R R_0 上 の代数である。「次数付き環」は多項式を抽象化した概念であるといえる。

以下、 R_0 は可換環で、 R_0 の要素はすべて   R の要素と可換とする。また、 n が負のとき、

 R_n = 0

とする。このとき、

 R_{+} := \bigoplus_{n>0} R_n

と書く。なお、 R_{+} は、 R の両側イデアルである。

可換次数環

 R = \bigoplus_{n=0}^{\infty} R_n

がネーター環であるためには、 R_0 がネーター環で、R R_0 上有限個の斉次要素で生成されることが必要十分である。

(証明)

十分条件であること:

 R R_0 上の代数である。「ヒルベルトの基底定理」から、可換ネーター環  R_0 上の有限生成可換代数はネーター環である。したがって、可換次数環  R はネーター環である。

必要条件であること:

まず、 R_0 がネーター環であることを示す。

 R はネーター環である。ネーター環の剰余環もまたネーター環である。

 R_0 \simeq R/R_{+}
 (R_{+} := \bigoplus_{n>0} R_n)

である。したがって、 R_0 はネーター環である。

次に、 R R_0 上、有限個の斉次要素で生成されることを示す。

 R は、ネーター環であるので、任意の  R のイデアルは有限生成である。 R_{+} は、 R のイデアルである。したがって、イデアル  R_{+} は有限生成である。

そこで、その生成要素を  x_1, x_2, \cdots, x_s とする。 x_i は 有限個の斉次要素に分解できるので、生成要素はすべて、斉次要素としてよい。

ここで、

 R_{0}[x_1, \cdots, x_s] = R

であれば、 R R_0 上、有限個の斉次要素で生成されることが示される。 R_{0}[x_1, \cdots, x_s] = R を示すためには、

 R = \bigoplus_{n=0}^{\infty} R_n

であるから、

 R_n \subset   R_{0}[x_1, \cdots, x_s]

であることを示せばよい。それを  n についての帰納法で示す。

 n = 0 のときは、

 R_0 \subset   R_{0}[x_1, \cdots, x_s]

であることは、明らかである。

そこで、 n > 0 として、

 x \in R_n \subset R_{+}

とする。 イデアル  R_{+} は有限個の要素  x_1, \cdots, x_s で生成されたので、

 x = \sum_{i=1}^{s} r_i x_i

と書ける。ここで、 r_i \in R である。 x_i の次数を  \deg{x_i} と書けば、

 \deg{r_i} + \deg{x_i} = n

を満たさないといけないことは、簡単に確認できる。そうすると、

 \deg{r_i} = n - \deg{x_i}

に帰納法の仮定が使え、

 R_{\deg{r_i}} \subset   R_{0}[x_1, \cdots, x_s]

である。 r_i は、有限個の要素  x_1, \cdots, x_s で書くことができるので、 x も有限個の要素  x_1, \cdots, x_s で書くことができる。//

次数環

 R = \bigoplus_{n=0}^{\infty} R_n

上の加群  M で、 i \in \mathbb{Z} について、部分加法群

 M_i \subset M

が定まっていて、

 M = \bigoplus_{i \in \mathbb{Z}} M_i,\\ R_nM_i  \subset M_{n+i} (n, i \in \mathbb{Z}),\\
M_i = 0 (i \ll 0)

となるものを「次数付き加群 (graded module)」という。 M_i の要素  x を次数  i の斉次要素と呼び、次数を  \deg{x} = i と書くのは、環の場合と同じことである。

次数環  R のイデアル  I が、 I := R_n \cap I として、

 I = \bigoplus_{n > 0} I_n

と直和分解するとき、 I を斉次イデアル (homogeneous ideal) という。つまり、 I が斉次イデアルであることと、イデアル I R の斉次要素で生成されていることは同値である。

※ 斉次要素の例:

 r = (y + 1) (x - y^2) = xy - y^3 + x - y^2

で、 r は斉次要素ではないが、

 r_1 = x,  r_2 = xy -y^2, r_3 = -y^3

は、それぞれ、次数 1, 2, 3 の斉次要素である。斉次の「斉」は「等しい」とか「揃っている」という意味である。「斉唱」「均斉」とか、今でも使う。
//

可換なネーター次数環  R 上の有限生成次数加群  M は、有限個の斉次要素で生成され、各斉次部分  M_n は、 R 上有限生成である。

(証明)

 M の有限な生成系を  \{x_i\} として、

 M = \sum_{i=1}^s R x_i

と書くと、 x_i を斉次要素に分解することができるので、 x_i は、斉次要素であるとしてよい。これから、 M の各斉次部分は、

 M_n = \sum_{i=1}^s R_{n - \deg{x_i}}x_i

と書ける。 R は前の結果から、有限生成である。

 R_{n-\deg{x_i}} は、 R_0 上の有限生成加群とみなせる。したがって、 M_n R_0 上の有限生成である。//

環を一つ固定して、その上の有限生成加群の族  \mathcal{M} を考える。 \lambda を整数  \mathbb{Z} に値を持つ   \mathcal{M} 上の函数とする。
特に

 \lambda(0) = 0

とする。 M \simeq M^{\prime} ならば

 \lambda(M) = \lambda(M^{\prime})

である。 \mathcal{M} に属する加群の任意の短完全列、

に対して、

 \lambda (M_1) - \lambda (M_2) + \lambda (M_3) = 0

が成り立つとき、 \lambda を「加法的 (additive) 函数」という。たとえば、環が体の線型空間ならば、

 \lambda(V) := \mathrm{dim}(V)

は加法的である。//

 \lambda が加法的ならば、完全列

 0 \to M_0 \to M_1 \to \cdots \to  M_n \to 0

に対して

 \sum_{i=0}^n (-1)^i \lambda(M_i) = 0

が成り立つ。

(証明)

上図のように

 N_i = \mathrm{Im}(f_i)

とおいて短完全列を構成すると、

 \lambda(M_i) = \lambda(N_i) + \lambda(N_{i-1})

である。正負の符号を変えて足し合わせれば、すべて打ち消されて  0 になる。//

Hilbert-Poincaré 級数のために、形式的冪級数を考える。一般に可換環 A に対して、無限級数

 \sum_{n=0}^{\infty}a_nT^n \, (a_n \in A)

を級数の収束や発散といった解析的考察には立ち入らず、形式的表現とみたとき、 A を係数とする形式的冪級数という。形式的冪級数全体の集合に次のような和と積を演算として定義すれば、集合は可換環となり、 A[[T]] と書いて形式的冪級数環という。

 \sum_{n=0}^{\infty}a_nT^n + \sum_{n=0}^{\infty}b_nT^n \\= \sum_{n=0}^{\infty}(a_n+b_n)T^n

 (\sum_{n=0}^{\infty}a_nT^n )(\sum_{m=0}^{\infty}b_mT^m) \\= \sum_{k=0}^{\infty}(\sum_{n+m=k}a_nb_m)T^k

この和と積の定義に従って、

\frac {1}{1-T} := (1 - T)^{-1} = \sum_{n=0}^{\infty} T^n

となり、 1 - T が単元であることはすぐに確認できる。//

 R = \bigoplus_{n=0}^{\infty} R_n

を可換なネーター次数環とする。すると、 R_0 はネーター環であるが、 R_0 上の有限生成加群の族に加法的函数  \lambda が与えられているとする。

 R 上の有限生成次数加群  M の各斉次部分  M_n は、前の記事の結果から、 R_0 上の有限生成加群である。したがって、 M_n に対して、加法的函数

 \lambda(M_n) \in \mathbb{Z}

が定まる。

 T を不定元として、整数列

 \cdots, \lambda(M_0), \cdots \lambda(M_i), \lambda(M_{i+1}), \cdots

の形式的冪級数 (母函数)、

 P_{\lambda}(M, T) := \sum_{n \in \mathbb{Z}} \lambda(M_n)T^n

 M \lambda に関するHilbert–Poincaré 級数という。

 f: M \to M^{\prime} を(左)  R 加群の準同型写像とするとき、 f の「余核 (cokernel)」 \mathrm{Coker} (f)

  \mathrm{Coker} (f) := M^{\prime}/\mathrm{Im}

と定義する。余核は、定義域の核の終域における双対概念である。アーベル群であれば、 \mathrm{Im}(f) が正規部分群なので、  \mathrm{Coker} (f) は群であるし、

  \mathrm{Coker} (f) = \{0\}

 f が全射であることを意味する。

  \mathrm{Ker} (f) = \{0\}

 f が単射であることの双対である。//

 m 個のものから  n 個を重複を許してとる「重複組合せ」の総数  \,_mH_n は、二項係数を使って、

 \begin {pmatrix} m+n -1\\n \end{pmatrix}

と表せる。証明してみると、

 |X| = n, |Y| =m

として  X, Y には順序が定められているとする。単射  X \to Y の集合を考える。狭義単調増加な写像の数は明らかに

 \begin {pmatrix} m \\n \end{pmatrix}

である。重複を許す場合には狭義ではない単調増加写像を考えるとよい。 X, Y の要素に自然数を同型対応させて

 X = \{1,2, \cdots, n\}
 Y = \{1,2, \cdots, m\}

と書くと、写像としては、

 y_1 \leq y_2 \leq \cdots \leq y_n

を満たすということだが、この条件は

 y_1 <  y_2+ 1 < y_3 + 2 < \cdots < y_n + n-1

と同値である。つまり、 X m + n -1 の個の要素がある集合  Y^{\prime} の間の狭義単調増加写像の数を数えるのと同じである。したがって、

 \begin {pmatrix} m + n - 1 \\n \end{pmatrix}

を求めればよい。//

可換ネーター次数付き環

 R = R_0[x_1, x_2, \cdots, x_r]  (\deg{x_i} = n_i) 上の有限生成次数付き加群  M ( n < 0 のとき  M_n = \{0\} とする) の Hilbert-Poincaré 級数  P_{\lambda}(M, T) について、ある整係数多項式

 f_M(T) \in \mathbb{Z}[T]

が存在し、

 P_{\lambda}(M, T) = \frac{f_M(T)}{\prod_{i=1}^r (1 - T^{n_i})}

と書ける。

(証明)

 R_0 上、 R の生成元  x_1, \cdots, x_r の個数  r についての帰納法によって示す。

 r = 0 のとき:

 R = R_0

であるから、  M は有限生成  R_0 加群である。 M は有限生成であることから、十分大きな  n に対しては、

 M_n = \{0\}

となる。したがって、P_{\lambda}(M, T) は整係数多項式である。

 f_M(T) = P_{\lambda}(M, T)

であるので証明された。

 r > 0 とする。

 a \in M_n R の生成元  x_r  (\deg{x_r} = n_r) を作用させる (かける) ことによって、 a \to x_ra という  R_0 加群の準同型写像、

 \varphi: M_n \to M_{n + n_r}

を定めることができる。

そうすると、

 K_n:= \ker{\varphi}, \\L_{n + n_r} := \mathrm{Coker}(\varphi) = M_{n+ n_r}/x_rM_n

として、次のような完全系列が得られる。

 0 \to K_n \to M_n \overset{\varphi}\to M_{n+ n_r} \to L_{n + n_r} \to 0

ここで、

 K:= \bigoplus_{n = 0}^{\infty} K_n

また、 m < n_r で、

L_m = M_m

して、

 L:= \bigoplus_{m=0}^{\infty} L_m

とすると、 K M の部分加群、 L は剰余加群として、次数付き加群である。また、 K, L には、 x_r は作用していないので (0 として作用しているので)、両者は  R_0[x_1, \cdots, x_{r-1}] 上、有限生成の次数加群である。そうすると、 K, L に対して帰納法の仮定を適用でき、

 P_{\lambda}(K, T) = \frac{f_K(T)}{\prod_{i=1}^{r-1} (1 - T^{n_i})}

 P_{\lambda}(L, T) = \frac{f_L(T)}{\prod_{i=1}^{r-1} (1 - T^{n_i})}

を得る。

すでに証明したように、先程の完全列から、以下が加法的函数  \lambda について成立する。

 \lambda(K_n) - \lambda(M_n) + \lambda(M_{n+ n_r})- \lambda(L_{n+n_r})=0

これに、 T^{n+n_r} をかけて、すべての n を加えると、

 P_{\lambda}(K, T)T^{n_r} -P_{\lambda}(M, T)T^{n_r}\\+ P_{\lambda}(M, T) - P_{\lambda}(L, T) + g(T)=0

となり、ここで、 g(T) は、 M_n, L_n n \leq n_r の寄与によって生じる整数係数の多項式である。

上式を整理すると、

 (1 - T^{n_r})P_{\lambda}(M, T) \\= P_{\lambda}(L, T) - P_{\lambda}(K, T)T^{n_r} - g(T)

となり、これに先程、帰納法の仮定によって得られた  P_{\lambda}(K, T) P_{\lambda}(L, T) の式を代入し、整理すれば、定理の主張が得られる。//

ここで、 T = 1 における「極の位数」 d(M) とは、 P_{\lambda}(M, T) T の有理函数とみたとき、

 P_{\lambda}(M, T) = \frac{\psi(T)}{(1 - T)^{d(M)}}

 \psi(T) \in \mathbb{Q}(T), \psi(1) \neq 0

となる  d(M) \in \mathbb{Z} のことである。//

可換ネーター次数付き環  R = R_0[x_1, x_2, \cdots, x_r] の生成元  x_1, \cdots, x_r の次数を

 \deg{x_i} = n_i =1

とする。そうすると、 R 上の有限生成次数付き加群  M ( n < 0 のとき  M_n = \{0\} とする) の Hilbert-Poincaré 級数  P_{\lambda}(M, T) は、前の定理から、

 P_{\lambda}(M, T) = \frac{f_M(T)}{(1 - T)^r}

と書くことができる。

ここで、 T = 1 における「極の位数」 d(M) (以降、単に d と書く) とは、 P_{\lambda}(M, T) Tの有理函数とみたとき、

 P_{\lambda}(M, T) = \frac{\psi(T)}{(1 - T)^{d}}

 \psi(T) \in \mathbb{Q}(T), \psi(1) \neq 0

となる  d \in \mathbb{Z} のことだったので、

 f_M(T) = (1 - T)^{r -d}\psi(T)

とおけば、

 P_{\lambda}(M, T) = \frac{\psi(T)}{(1 - T)^{d}}

となる。ここで、 \psi(1) \neq 0 という条件から、 \psi(T) は実際には、整数係数の多項式である (要するに、 f_M(T) 1 - T の因子があればそれを全て除して  \psi(T) にするということである)。

ここで、形式的冪級数で、

\frac {1}{1-T} := (1 - T)^{-1} = \sum_{n=0}^{\infty} T^n

であったから、

 (1 - T)^{-d}

 T^i の係数は  d 個のものから重複を許して  i 個とる重複組合せに他ならないから、

 \,_{d}H_i = \begin{pmatrix}d +i-1\\i \end{pmatrix} = \begin{pmatrix}d +i-1\\d -1 \end{pmatrix}

であり、

 (1 - T)^{-d} = \sum_{i = 0}^{
\infty} \,_{d}H_i T^i

と表せる。

ここで、整係数多項式  \psi(T)

 \psi(T) = \sum_{i = 0}^{N} a_i T^i

とすれば、

 P_{\lambda}(M, T) = \frac{\psi(T)}{(1 - T)^{d}}

を展開した  T^n の係数  \lambda(M_n) は、 n \geq N のとき、

 \lambda(M_n) = \sum _{i = 0}^{N} a_i  \begin{pmatrix}d+n- i-1\\d -1 \end{pmatrix}

となる。

ここで、右辺の二項係数を  n で展開した多項式の leading term (最高次項) は、

 \frac {1}{(d -1)!}n^{d -1}

であり、 \lambda(M_n) n の多項式として、その leading term は、

 \frac {m(M)}{(d -1)!}n^{d -1}

で、

 m(M) = \psi(1) = \sum_{i = 0}^{N} a_i

である。

以上から、

 \lambda, M によって定まる  d -1 次 の多項式

 \phi_M(T) \in \mathbb{Q}[T]

が存在して ( d = 0 のときは、 \phi_M(T) =0 とする)、 n が十分大きいとき、

 \lambda(M_n) = \phi_M(n)

が成立する。更に、 \phi_M(n) の最高次  T^{d -1} の係数は、

 \frac {m(M)}{(d -1)!}

の形をしており、 m(M) 0 でない整数である。

この多項式  \phi_M(T) を加法的函数  \lambda に関する  M の「ヒルベルト多項式 (Hilbert Polynomials)」という (与えられた整数の点を必ず全て通る有理補間式のようなもの?)。//

上と同じ仮定の下で、 \lambda M のみによる次数  d の多項式

 \chi_M(T) \in \mathbb{Q}

が存在して、 n が十分に大きければ、

 \sum_{i=0}^{n}\lambda(M_i) = \chi_M(n)

が成り立つ。ここに、 \chi_M(T) の最高次  T^d の係数は、 m(M)/d! となる。

※ この  \chi_M(T) もヒルベルト多項式という。

(証明)

二項係数の関係として、

 \begin{pmatrix} d + n - i \\ d \end{pmatrix} - \begin{pmatrix} d + n - i -1 \\ d \end{pmatrix} \\
= \begin{pmatrix} d + n - i -1 \\ d -1 \end{pmatrix}

が成り立つことから明らか。 i を一つずつずらして各式を足し合わせればよい。//

9-2. ワイル代数

可換環  R 上の  n 変数多項式環  R[X_1, X_2, \cdots, X_n] R[X] と略記し、その  R 加群としての自己準同型環を

 \mathrm{End}_RR[X]

と書く。

 \theta \in \mathrm{End}_RR[X]

が、Leibniz 則、

 \theta(fg) = \theta(f)g + f\theta(g)
 (f, g \in R[X])

を満たすとき、 \theta R 上の「導分(または、微分)」という。

いま、 n 個の自然数の組

 \alpha \in \mathbb{N}^n

を「多重指数」といい、多重指数

 \alpha = (\alpha_1, \alpha_2,\cdots, \alpha_n)

に対し、対応する単項式を

 X^{\alpha}:=X_1^{\alpha_1}X_2^{\alpha_2}\cdots X_n^{\alpha_n} \in R[X]

と略記し、その次数を

 |\alpha| := \sum_{i=1}^n \alpha_i

と書く。したがって、一般に  k 次の  n 変数多項式は、

 \sum_{|\alpha| \leq k} c_{\alpha}X^{\alpha} ( c_{\alpha} \in R)

と書ける。

 1 \leq i \leq n

と多重指数

 \alpha \in \mathbb{N}^n

に対して、

 \alpha \langle i \rangle := (\alpha_1, \cdots, \alpha_i -1, \cdots, \alpha_n)

とおき、

 \partial_i \in \mathrm{End}_R[X]

 \partial_i (\sum_{|\alpha| \leq k} c_{\alpha}X^{\alpha}) := \sum_{|\alpha| \leq k} c_{\alpha} \alpha_i X^{\alpha \langle i \rangle}

と定義する。特に、

 \partial_i X_j = \delta_{ij}

である。

任意の導分  \theta は、生成元  X_1, \cdots, X_n に対する作用によって一意的に定まるから、

 \theta X_i = a_i(X) \in R[X]

とおくと、

 \theta = \sum_{i=1}^{n}a_i(X)\partial_i

と一意的に表示できる。したがって、 R 上の導分全体を

 \mathrm{Der}_RR[X]

と書くと、

 \mathrm{Der}_RR[X] = \bigoplus_{i=1}^{n} R[X]\partial_i

となり、これは  R[X] 上の

 \partial_1, \partial_2, \cdots, \partial_n

を基底とする階数  n の自由加群である。

多項式  f \in R[X] に多項式  p \in R[X] を乗ずる作用

 f \mapsto pf

は、\mathrm{End}_RR[X] の要素であり、この作用を単に

 p \in \mathrm{End}_RR[X]

と書くと、それは  R[X] から \mathrm{End}_R R[X] の (自然な) 単射と見なせる。

このとき、 R[X] \mathrm{Der}_R[X] で生成される  \mathrm{End}_R R[X] の部分環を  R 上の  n 次のワイル代数といい、 W_n(R) と書く。

※ 要するに、

 X_i(f) = x_if

 \partial_i (f) = \frac{\partial f} {\partial x_i}

という作用素の Leibniz 則の下の代数である。//

 W_n(R) の要素  P, Q に対して、交換子を

 [P, Q] := PQ - QP

と定義すると、次が成立するのは、「明らか」である。

 1 \leq i , j \leq n について、

 [\partial_i, X_j] = \delta_{ij}
 [X_i, X_j] =  [\partial_i, \partial_j]= 0

導分  \theta \in \mathrm{Der}_R R[X], f \in R[X] に対して、

 [\theta, f] = \theta(f)

//

 R を標数 0 の可換環とする。このとき、ワイル代数  W_n(R) は、 R 上、 X_1, \cdots, X_n, \partial_1, \cdots, \partial_n で生成され、その要素は一意的な表示

 P(X, \partial) \\
= \sum_{|\alpha|  < \infty} p_{\alpha}(X)\partial^{\alpha} \,\,(p_{\alpha}(X) \in R[X])
 = \sum_{|\alpha| , |\beta| < \infty} c_{\alpha, \beta}X^{\beta}\partial^{\alpha} \,\,(c_{\alpha, \beta} \in R)

をもつ。ただし、

 \alpha = (\alpha_1, \alpha_2, \cdots, \alpha_n)

に対して、

 \partial^\alpha := \partial_1^{\alpha_1}\partial_2^{\alpha_2} \cdots \partial_n^{\alpha_n}

とする。

(証明)

最初のワイル代数  W_n(R) は、 R 上、 X_1, \cdots, X_n, \partial_1, \cdots, \partial_n で生成されるというのは、前に行った説明から明らかである。

「交換関係」を使って項の積の順序を入れ替えたり、二つに分けたりして、順序が入れ替わっている項を一つずつ上の形に正規化していけば、正規化されていない項は一つ減るが、自然数の集合には最小値が存在するので、無限には続けられない。したがって上の表示は存在する。

一意性は、 |\alpha| についての帰納法で示す。

 |\alpha| = 0 のとき、 |\beta| > 0 ならば、

 \partial^{\beta} X^0 =  \partial^{\beta} 1 =  0

であり、したがって

 P(X, \partial) 1 =p_0(X)\partial^0= p_0(X)

となって p_0(X) P(X, \partial) に対して一意に定まる。

次に  |\alpha| = k \neq 0 とする。帰納法の仮定を使うと、 |\alpha| < k に対して  p_{\alpha}(X) が一意的に定まっている。

 Q(X, \partial) \\
:= P(X, \partial) - \sum_{|\beta| < k}p_{\beta}(X)\partial^{\beta}\\
= \sum_{|\beta| \geq k}p_{\beta}(X)\partial^{\beta}

とすると、

から、

 Q(X, \partial)X^{\alpha} = \alpha!p_{\alpha}(X)

となるが、ここで  p_{\alpha}(X) と違う  p^{\prime}_{\alpha}(X) があったとすると、

 \alpha!p_{\alpha}(X) =  \alpha!p^{\prime}_{\alpha}(X)

となって、 R の標数は零で、 \alpha は整数だから、

 p_{\alpha}(X) =  p^{\prime}_{\alpha}(X)

となって両者は一致するので矛盾する。//

 V を標数  0 の体  K 上の  n 次元線型空間、 \hat{V} をその双対空間とする。 I(V) を線型空間  \hat{V} \oplus V 上のテンソル代数 T(\hat{V} \oplus V) の両側イデアルで、

 \begin{matrix} [x,y],[\xi, \eta], [\xi, x] - \xi(x)  &  (x, y \in V, \xi, \eta \in \hat{V}) \end{matrix}

で生成されるものとする。このとき、

 T(\hat{V} \oplus V)/I(V) \simeq W_n(K)

ただし、双対基底

 \xi_i(x_j) = \delta_{ij}  (\xi_i \in \hat{V}, x_i \in V)

をとるとき、

 x_i \mapsto X_i, \xi_i \mapsto \partial_i

(証明)

まず、この文章は何を言っているのか読み解くと、

 n 次元 K 線型空間  V の基底を  x_1, \cdots, x_n とする。また、 V の双対空間  \hat{V} の双対基底を  \xi_1, \cdots, \xi_n とする。ここで、 \xi_i(x_i) = \delta_{ij} である。

このとき、テンソル代数  T(\hat{V} \oplus V) から ワイル代数  W_n(K)への  K 準同型写像を

 x_i \mapsto X_i \\ \xi_i \mapsto \partial_i

によって決めると、

 T(\hat{V} \oplus V)/I(V) \simeq W_n(K)

という同型を引き起こす。ただし、 I(V) は、テンソル代数  T(\hat{V} \oplus V) の両側イデアルで、その生成元は以下のものである。

 \begin{matrix} [x_i,x_j],[\xi_i, \xi_j], [\xi_i, x_j] - \delta_{ij}  &   \end{matrix}

( 1 \leq i, j \leq n)

それで証明だが、任意のテンソル代数  T(\hat{V} \oplus V) の要素  v は、 i \in I として、

 v = i \\+ \sum c_{ij}x_1^{\otimes \beta_1}\otimes \cdots \otimes x_n^{\otimes \beta_n} \otimes \xi_1^{\otimes \alpha_1} \otimes \cdots \otimes \xi_n^{\otimes \alpha_n}

の形に表すことが可能である。準同型写像

 \varphi: T(\hat{V} \oplus V)/I(V) \to W_n(K)

 \varphi(v) = \sum c_{\alpha, \beta}X^{\beta}\partial^{\alpha}

で定義すれば、全射であることは明らかである。

単射であることは  \varphi(v) = 0 のとき、すべての  \alpha, \beta について、 c_{\alpha, \beta} =0 を証明すればよいが、もし、そうでないとしたら、少し前の証明の内容を参考にすると、

 \varphi(v)X^{\alpha} = \alpha!\sum_{\beta}c_{\alpha, \beta}X^{\beta}

であるが、左辺は 0 で、右辺は  c_{\alpha, \beta} \neq 0 であれば (標数 0から) 0 でなく矛盾する。//

 K を標数  0 の体とする。このとき、ワイル代数  W_n(K) は単純環である。

(証明)

「単純環」の定義から、ワイル代数  W_n(K) に存在する両側イデアルが自明なものだけであることを証明すればよい。そのためには、 W_n(K) の 両側イデアルを  I \neq \{0\} として、 I 1 が含まれていることを証明すれば良いので方針は明確である。

そこで、上記の両側イデアル  I 0 ではない要素を、

 P = \sum_{|\alpha|, |\beta| < \infty} X^{\beta} \partial^{\alpha}

とおき、不定元  X_i についての次数を  m としておく。

このとき、

 [\partial_i, P ] = \partial_i P - P\partial_i= \sum_{|\alpha|, |\beta| < \infty} X^{\beta\langle i \rangle} \partial^{\alpha}

となり、 X_i の次数は  m-1 である ( \partial_i の次数は不変である)。 I は両側 (左かつ右) イデアルであるから、 P \in I であれば

 [\partial_i, P ]  \in I

である。これを繰り返して、

  [\partial_1, - ], \cdots,  [\partial_n, - ]

を作用させれば、

 \begin{matrix} Q(\partial) = \sum c_{\alpha} \partial^{\alpha} & (c_{\alpha} \in K) \end{matrix}

という

 Q(\partial) \neq 0

 I に含まれていることがわかる。

さらに、

  [ \sum c_{\alpha} \partial^{\alpha}, X_i ] = \sum c_{\alpha} \alpha_i \partial^{\alpha \langle i \rangle} \in I

であるので、同じように、 [-, X_i] を繰り返して適用することにより、最終的には、 0 ではない、 c \in K I に含まれていることがわかる。つまり、 1 \in I である。//

※ 単純可換環は体であるので、ワイル代数  W_n(K) は体である。//

9-3. フィルター

今度はフィルターの定義である。最初の定義はワイル代数だけに限らない、一般的な環、加群に対するフィルターの定義である。

 R がフィルター  F を持つとは、各整数  i \in \mathbb{Z} に対して、 R の部分加法群  F_iR が定まっていて、

 R = \bigcup_{i \in \mathbb{Z}} F_iR,

 \cdots \subset F_{i-1}R\subset F_iR \subset F_{i+1}R \subset \cdots,

 (F_iR)(F_jR) \subset F_{i+j} R,

 \begin{matrix} 1 \in F_0R  &  (i, j \in \mathbb{Z}) \end{matrix}

を満たすことをいい、このとき  (R, F) をフィルター付き環という。//

次は加群の場合。フィルター付き環  (R, F) 上の (左) フィルター付き加群  (M, F) とは、左  R 加群  M と、各整数  i \in \mathbb{Z} に対して、 M の部分加法群  F_iM が定まっていて、

 M = \bigcup_{i \in \mathbb{Z}} F_iM,

 \cdots \subset F_{i-1}M\subset F_iM \subset F_{i+1}M \subset \cdots,

 \begin{matrix} (F_iR)(F_jM) \subset F_{i+j} M &  (i, j \in \mathbb{Z}) \end{matrix}

を満たすことをいう。//

フィルター付き環  (R, F) に対し、

 \begin{matrix} \mathrm{gr}^F R = \bigoplus_{i \in \mathbb{Z}}\bar{R}_i, & \bar{R_i} = F_iR/F_{i-1}R \end{matrix}

とおくと  \mathrm{gr}^FR もまた次数環になることが確認できる。

同様に、フィルター加群  (M, F) に対しても、

 \begin{matrix} \mathrm{gr}^F M = \bigoplus_{i \in \mathbb{Z}}\bar{M}_i, & \bar{M_i} = F_iM/F_{i-1}M \end{matrix}

とおくと  \mathrm{gr}^FM は次数環になることが確認できる。

 \mathrm{gr}^F R,  \mathrm{gr}^F M

をそれぞれ、フィルター環  (R, F), フィルター加群  (R, M) の「次数化」という。//

標数 0 の体  K 上のワイル代数  R := W_n(K) に対して、

 F_iR := \{\sum_{|\alpha|+|\beta| \leq i} c_{\alpha, \beta}X^{\alpha}\partial^{\beta}| c_{\alpha, \beta} \in K\}

とすると、これはワイル代数のフィルター (Bernstein filtration) を与える。他の条件は明らかなので、特に

 (F_iR)(F_jR) \subset F_{i+j} R

の条件を満たすかだけ証明する。そのためには、交換関係を使って各項の順番を入れ替えて、

 X^{\alpha}\partial^{\beta} X^{\alpha^{\prime}}\partial^{\beta^{\prime}} = X^{\alpha + \alpha^{\prime} } \partial^{\beta + \beta^{\prime } }+ \mathcal{O}

という形にしたときに現れる  \mathcal{O} の部分の次数が

 |\alpha + \alpha^{\prime}| + |\beta + \beta^{\prime}|

より小さいことを証明すればよい。それを示すため、

 [\partial^p, X^q] \in F_{|p|+|q|-1}R

であることを証明する。そのために、p について帰納法を用いる。 p=0, 1 のときは明らか。 p>1 として、

 [\partial^{p-1}\partial_i, X^q  ] \\
= \partial^{p-1} \partial_i X^q - X^q \partial^{p-1}\partial_i
= \partial^{p-1} [ \partial_i, X^q ] + \partial^{p-1}X^q \partial_i -X^q \partial^{p-1} \partial_i
 = \partial^{p-1} [ \partial_i, X^q ] + [ \partial^{p-1}, X^q ] \partial_i
 = [ \partial^{p-1},  [ \partial_i, X^q ]  ] + [ \partial_i, X^q ] \partial^{p-1} + [ \partial^{p-1}, X^q ] \partial_i

ここで、 \partial^{p-1} に帰納法の仮定を使えば証明できた。

特に  i, j \geq 0 については、絶対値が外れるので、

 (F_iR)(F_jR) = F_{i+j}R

であり、また、 i < 0 については、

 F_iR= \{0\}

である。

最後に、 R := W_n(K) 2n 個の要素で生成されていることと、 |\alpha|+|\beta| \leq i を満たすという条件は、 2n+1*1から  i 個とる重複組合せに等しい。

 \mathrm{dim}_{K} F_iR = \,_{2n+1}H_i=\begin{pmatrix} 2n+i \\ 2n \end{pmatrix}
//

これは、前に行った証明とまったく同じやり方で証明できるので、証明は割愛する。これ以降、 K は標数  0 の体である。

ワイル代数  R = W_n(K) において

 F_i^{\prime}R := \{\sum_{|\alpha| \leq i} p_{\alpha}(X) \partial^{\alpha}| p_{\alpha}(X) \in K[X] \}

と定義してもフィルター環になる。このとき、次が成立つ。

 [P, Q ] \in F^{\prime}_{i+j-1}R
 (P \in F^{\prime}_{i}R, Q \in F^{\prime}_{j}R)

 i, j \geq 0 のとき、
 (F^{\prime}_iR)(F^{\prime}_jR) = F^{\prime}_{i+j}R

 i < 0 について、
 F^{\prime}_iR= \{0\}
//

ワイル代数  W_n(K) の Berstein フィルター  F について、その次数化  \mathrm{gr}^F W_n(K) は、 K 上の  2n 変数多項式環に次数環として同型である。

(証明)

Bersterin フィルターはすでに見たように、

 F_iW_n(K) := \{\sum_{|\alpha|+|\beta| \leq i} c_{\alpha, \beta}X^{\alpha}\partial^{\beta}| c_{\alpha, \beta} \in K\}

であり、次の全射準同型

 \varphi: F_iW_n(K) \to K_{(i)}[ \bar{X}, \bar{\partial}]

を定義できる。ここで

 K_{(i)}[ \bar{X}, \bar{\partial}]

は多項式環で、シンボル

 \bar{X}_1, \cdots, \bar{X}_n,  \bar{\partial}_1, \cdots , \bar{\partial}_n

を不定元とした多項式の  i 次斉次部分である。

 \varphi(\sum_{|\alpha|+|\beta| \leq i} c_{\alpha, \beta}X^{\alpha}\partial^{\beta}) = \sum_{|\alpha|+|\beta| = i} c_{\alpha, \beta} \bar{X}^{\alpha}\bar{\partial}^{\beta}

この準同型の核  \ker{\varphi} は、明らかに  F_{i-1}W_n(K) であり、したがってワイル代数の次数化  \mathrm{gr}^F W_n(K) i 次斉次部分、

 F_i W_n(K)/F_{i-1} W_n(K)

は、 K 線型空間としての  2n 変数の多項式環の  i 次斉次部分と同型である。//

フィルター加群  (M, F) の要素  x \in M について、

 x \in F_iM \backslash F_{i-1}M

のとき、 ix の階数といい  i = \mathrm{ord}(x) と書く。

 i \ll 0 のとき、

 F_iM = \{0\}

であるとき、 (M, F) は「下に有界」という。特にフィルター環  (R, F) については、 i < 0 のとき、

 F_iR = \{0\}

として、下に有界とする。

フィルター  F が下に有界のとき、その次数化は、

 \mathrm{gr}^F R = \bigoplus_{i \geq 0}\bar{R}_i

 \mathrm{gr}^F M = \bigoplus_{i >  - \infty}\bar{M}_i

となって、次数付き環、次数付き加群と同じ形になる。//

下に有界なフィルター加群  (M, F) の要素  x_1, x_2, \cdots, x_r \in M について、

 ord (x_i) = n_i, \bar{x_i} := x_i \, \mathrm{mod} \, F_{n_i -1}M \in \bar{M}_{n_i}

とおく。もし、

 \bar{x}_1, \bar{x}_2, \cdots, \bar{x}_r

 \mathrm{gr}^F R \mathrm{gr}^F M を生成するならば、  x_1, x_2, \cdots, x_r  R M を生成する。特に、 \mathrm{gr}^F M \mathrm{gr}^F R 上有限生成ならば、 M R 上有限生成である。

(証明)

 M = \bigcup_{i \in \mathbb{Z}} F_iM

なので、 F_iM の任意の要素 uが、 R 上、  x_1, x_2, \cdots, x_r で生成されることを  i についての帰納法で示せばよい。

 i \ll 0 のとき、下に有界であることから、 F_iM = \{0\} なので成立する。

 i - 1 まで正しいとする。

 \bar{u} \in \bar{M}_{n_i}

は、前提から

 \bar{x}_1, \bar{x}_2, \cdots, \bar{x}_r

で生成されるので、フィルター付き加群の定義から、

 a_k \in F_{i - n_k}

が存在して、

 u - \sum_{k=1}^r a_kx_k \in F_{i-1}M

となる。 F_{i-1}M は帰納法の仮定から、 R 上、  x_1, x_2, \cdots, x_r で生成されるので、 u もそうである。//

下に有界なフィルター環  (R, F) について、 \mathrm{gr}^F R が左ネーター環ならば、 R も左ネーター環である。

(証明)

 IR の左イデアルとして、

 F_i := I \cap F_iR

と定めれば、 I は下に有界なフィルター加群となる。このとき、 \mathrm{gr}^F I \mathrm{gr}^F R の斉次イデアルとなる 。前提から、 \mathrm{gr}^F R はネーター環なので、そのイデアルである  \mathrm{gr}^FI は有限生成である。そうすると、前の結果から、 I R 上有限生成である。したがって  R は左ネーター環である。//

ワイル代数  W_n(K) は左ネーター環である。

(証明)

標数 0 の体は自明なイデアルしか持たず、いずれも単項生成である。したがって、ネーター環である。前の記事の結果から、 \mathrm{gr}^F W_n(K) は、 K 上の  2n 変数多項式環に次数環として同型である。つまり、有限生成な多項式環である。したがって、ヒルベルトの基底定理により、 \mathrm{gr}^F W_n(K) は左ネーター環である。そうすると、前の結果から、ワイル代数  W_n(K) は左ネーター環である。//

下に有界なフィルター環  (R, F) について、 \bar{R}_1 \bar{R}_0 上有限生成で、 \mathrm{gr}^F R \bar{R}_0 \bar{R}_1 で生成される可換代数ならば、各  F_iR F_0R 上有限生成加群であったので、

 (F_iR)(F_kR) = F_{i + k}R
 (i \geq 0, k \gg 0)

が成立つ。

(証明)

 \bar{x}_i を次数 1 の斉次生成要素として、

 \mathrm{gr}^F R  = \bar{R}_0[\bar{x}_1,  \bar{x}_2 , \cdots, \bar{x}_m]

 \bar{R}_k \\
= F_kR/F_{k-1}R
= \sum_{\sum_i\alpha_i =k} \bar{R}_0 \bar{x}_1^{\alpha_1} \bar{x}_2^{\alpha_2} \cdots \bar{x}_m^{\alpha_m}

となるので、 k \geq 1 について

 \bar{R}_{i} \bar{R}_{k} = \bar{R}_{i+k}

はすぐにわかる。これは、

 F_{i+k} R=(F_{i}R)( F_{k}R)+ F_{i+k-1}R

と表せることに注意して、

 (F_iR)(F_kR) = F_{i + k}R

i についての帰納法で証明すると、 i=0 のときは明らか。

先程の関係に帰納法の仮定を適用すると、

 F_{i+k} R\\
=(F_{i}R)( F_{k}R)+ F_{i+k-1}R\\
= (F_{i}R)( F_{k}R)+(F_{i -1}R)(F_{k}R)\\
= (F_{i}R)( F_{k}R)

である。//

フィルター付き環  (R, F) 上の下に有界なフィルター付き加群  (M, F) が次の二つの条件を満足するとき、加群  M のフィルター  F は「良い」という。

1) 各  F_iM は、 F_0R 上有限生成である。

2)  \begin{matrix} (F_iR)(F_kM) = F_{i+k}M &  (i \geq 0, k \gg 0) \end{matrix}
//

フィルター付き環  (R, F) は下に有界で、 \mathrm{gr}^F R \bar{R}_0 上の有限生成可換代数であるとする。このとき、下に有界なフィルター加群  (M, F) について、次は同値である。

A)  F M の良いフィルターである。

B)  \mathrm{gr}^F M は、  \mathrm{gr}^F R 上有限生成加群である。特に、良いフィルター加群は  R 上有限生成である。

(証明)

A) から B) が成立:

「良い」フィルターを定義する条件 2) から、ある (十分大きな) 整数  j_0 が存在して、任意の整数  i \geq 0 について、

  (F_iR)(F_{j_0}M)= F_{i+j_0}M

となる。このことから、 M R 上の  F_{j_0}M の要素によって生成されることがすぐにわかる。 \mathrm{gr}^F M について、直前の内容を同値に言いかえれば、  \mathrm{gr}^F M は、  \mathrm{gr}^F R 上の

 \bigoplus_{i \leq j_0} \bar{M}_i

の要素によって生成されるということである。フィルターを定義する条件 1) から、各  F_iM は、 F_0R 上有限生成であるのだから、各  \bar{M}_i \bar{R_0} = F_0R 上、有限生成である。そうすると、(B) がいえる。

B) から A) が成立:

フィルター条件 2) を満たすことを証明する。

 \mathrm{gr}^F M が、  \mathrm{gr}^F R \bar{x}_1, \cdots, \bar{x}_r によって、有限生成されるとし、それに対応する  M の要素を  x_1, \cdots, x_r とする。また、

 n_i = \mathrm{ord}(x_i)

とする。

 \bar{M}_k = \sum_{i=1}^r \bar{R}_{k - n_i}\bar{x}_i

とすると、

 F_kM = \sum_{i=1}^r (F_{k - n_i}R)x_i + F_{k-1}M

となるが、 \bar{M}_{k-1} についても同じことがいえ、 (M, F) は下に有界であるのだから、結局、

 F_kM = \sum_{i=1}^r (F_{k - n_i}R)x_i

である。

 k_0 \geq \max(n_1, \cdots, n_r)

となる、ある k_0 を一つ固定すると、 k \geq k_0 に対して、

 F_{k-n_i} R = (F_{k-k_0}R)(F_{k_0 - k_{n_i}}R)

となる。そうすると、

 F_kM \\
= \sum_{i=1}^r (F_{k - n_i}R)x_i  \\
=  \sum_{i=1}^r (F_{k-k_0}R)(F_{k_0 - k_{n_i}}R)x_i\\
=  (F_{k-k_0}R) \sum_{i=1}^r (F_{k_0 - k_{n_i}}R)x_i\\
= (F_{k-k_0}R)(F_{k_0}M)

以上から、フィルター条件 2) の左辺に対して  k を十分大きくとれば、

 (F_iR)(F_kM) \\
= (F_iR) (F_{k-k_0}R)(F_{k_0}M)\\
=(F_{i+k-k_0}R)(F_{k_0}M)\\
=F_{i+k}M

となり、フィルター条件 2) を満たす。

フィルター条件 1) については、各  \bar{M}_i

 \bar{R_0} = F_0R

上有限生成であることから、 F_iR F_0R 上有限生成であり、明らかである。//

「良い」フィルターは次の意味で同値である。

下に有界なフィルター環  (R, F) 上の左  R 加群  M が与えられているとする。このとき、 M の二つの下に有界なフィルター  F, G について、 G が「良い」フィルターであれば、ある  i_0 にたいして、

 G_iM \subset F_{i + i_0}M

が、任意の  i について成立する。

特に、 F, G が共に「良い」フィルターであるならば、

 F_{i - i_0}M \subset G_iM \subset F_{i + i_0}M

が任意の  i について成立する。

(証明)

後半の主張は、明らかだから、前半のみ証明する。
まず、

 (F_iR)(F_jM) \subset F_{i+j}M

 (G_iR)(G_jM) = G_{i+j}M

の違いに留意する。

「良い」フィルター加群は有限生成なので、その生成系を  x_1, \cdots, x_r とし、

 n_k = \mathrm{ord}(x_k)

とする。そうすると、先ほど証明したのと同じように、

 G_iM = \sum_{k=1}^r (G_{i -n_k}R)x_k

と書ける。

 x_k \in F_{m_k}M となる  m_k 1, \cdots, r について、それぞれとり、 m_k - n_k の最大値を  i_0 とする。そうすると、

 x_k \in F_{m_k}M

なので、

 G_iM = \sum_{k=1}^r (G_{i -n_k}R)x_k \\
\subset  \sum_{k=1}^r (G_{i -n_k}R)(F_{m_k}M)
  \subset  \sum_{k=1}^r F_{i +m_k -n_k}M
  \subset F_{i +i_0}M

となる。
//

※ 標数  0 の体  K 上のワイル代数  W_n(K) は Bernstein フィルター  F に関して、その次数環  \mathrm{gr}^F W_n(K) K 上の  2n 変数多項式になり、したがって可換ネーター環であり、その上の加群について、「良い」フィルターに関する結果が全て適用できる。//

ワイル代数  W_n(K) を Bernstein フィルターによるフィルター環と考える。 M \neq 0 を有限生成左  W_n(K) 加群とし、 M に「良い」フィルター  F を一つ選ぶ。このとき、有理係数多項式  \chi(M, F; T) \in \mathbb{Q}[T] で、

 \begin{matrix} \chi(M, F; i) = \mathrm{dim}_K F_iM & (i \gg 0)\end{matrix}

を満たすものが唯一存在する。

更に、 \chi(M, F; T) の次数を  d とすると、その最高次の係数はある自然数  m > 0 に対して  m/d! となり、 m, d は、 M の良いフィルター  F の取り方によらず、 M のみによって決まる定数である。

(証明)

すでに見てきたように、 \mathrm{gr}^F W_n(K) は多項式環に同型な次数環であり、 M の「良い」フィルター  F による次数化

 \mathrm{gr}^F M = \bigoplus_i \bar{M}_i

は、 \mathrm{gr}^F W_n(K) 上有限生成な次数加群である。そうすると、(必要なら

F_i^{\prime}=0\, (i < 0)

になるようフィルターをずらす) すでに見てきたヒルベルト多項式が適用でき、

 \chi(M, F; i) \\
= \mathrm{dim}_K F_iM = \sum_{j \leq i } \mathrm{dim}_K \bar{M}_j\\
(i \gg 0)

という多項式  \chi(M, F; T) \in \mathbb{Q}[T] が唯一存在し、その最高次  T^d の係数は

 m/d! \, (m \in \mathbb{Z})

となる。 M \neq \{0\} から、

 \dim_K F_iM > 0 \quad (i \gg 0)

だから、 m > 0 である。

次に  F^{\prime} M の別の「良い」フィルターとすると、前の記事の結果から、ある  i_0 に対して任意の
 i について、

 F^{\prime}_{i- i_0}M \subset F_iM \subset F^{\prime}_{i+ i_0}M

が成り立つ。したがって、 i \gg 0 に対して、

 \chi(M, F^{\prime}; i-i_0) \leq \chi(M, F; i)  \leq \chi(M, F^{\prime}; i+i_0)

となるが、これは、

 d^{\prime} \leq d \leq d^{\prime}
 m^{\prime} \leq m \leq m^{\prime}

を意味し、フィルターの取り方には依存せず、

 d = d^{\prime}, m = m^{\prime}

となる。//

※ 有限生成左  W_n(K) 加群  M に対して、不変量  d = d(M) M の次元、 m = m(M) M重複度 という ( M = \{0\} のときは、 d = - \infty と約束する)。//

例 1.

 M = W_n(K), F を Bernstein フィルターとする。このとき、

 \mathrm{dim}_K F_iM \\
= \begin{pmatrix}2n + i \\2n \end{pmatrix}\\
= \frac{1}{(2n)!}i^{2n} +(terms \,of \,lower \,degrees \,in\, i)

したがって

 d(W_n(K)) = 2n \\m(W_n(K)) = 1

例 2.

 M:=K[X_1, X_2, \cdots, X_n ] \\
\simeq W_n(K)/\sum_{i=1}^n W_n(K) \partial_i

 F_iM = \{\sum_{|\alpha| \leq i} c_{\alpha}X^{\alpha} | c_{\alpha} \in K \}

のとき、

 \mathrm{dim}_K F_iM \\
= \begin{pmatrix}n + i \\ n \end{pmatrix}\\
= \frac{1}{n!}i^{n} +(terms \,of \,lower \,degrees \,in\, i)

したがって

 d(M) = n \\m(M) = 1

//

を有限生成左  W_n(K) 加群の短完全列とする。このとき、

(1)  d(M_2) = \mathrm{Max} \{d(M_1), d(M_3)\}

(2)  d(M_1) = d(M_3) ならば、

 m(M_2) = m(M_1) + m(M_3)

が成立する。

(証明)

 M_2 に「良い」フィルター  F^{(2)} をとり、

 F_i^{(1)}M_1 = M_1 \cap F_i^{(2)}M_2
 F_i^{(3)}M_3 = \mathrm{Im}(F_i^{(2)}M_2)

とおくと、

 0 \longrightarrow  F_i^{(1)}M_1   \longrightarrow  F_i^{(2)}M_2    \longrightarrow  F_i^{(3)}M_3  \longrightarrow 0

が完全列になることは、 M_2 のイデアル  I I \cap F_i^{(2)}M_2 でフィルター付きのイデアルになることに注意すれば、明らかである。そうすると、以下の次数化の短完全列が得られる。

 0 \longrightarrow  \mathrm{gr}^{F^{(1)}}M_1   \longrightarrow  \mathrm{gr}^{F^{(2)}}M_2    \longrightarrow  \mathrm{gr}^{F^{(3)}}M_3  \longrightarrow 0

 F^{(2)} は「良い」フィルターなので、 \mathrm{gr}^{F^{(2)}}M_2 は、 \mathrm{gr}^{F^{(2)}}W_n(K) 上有限生成である。 W_n(K) はネーター環であることから、  \mathrm{gr}^{F^{(1)}}M_1,   \mathrm{gr}^{F^{(3)}}M_3 も有限生成である。このことから、 F^{(1)}, F^{(3)} もまた、「良い」フィルターであることがいえる。

 K 線型空間として、

 \mathrm{dim}_K (F_i^{(2)}M_2) \\= \mathrm{dim}_K( F_i^{(1)}M_1) + \mathrm{dim}_K(F_i^{(3)}M_3)

の加法的関係が成立するので、それぞれのヒルベルト多項式について、

 \chi(M_2, F_i^{(2)}; T) \\= \chi(M_1, F_i^{(1)}; T)+\chi(M_3, F_i^{(3)}; T)

が成立する。「良い」フィルターの違いに依存せず、 d, m は一意に定まるので、命題の主張が成立する。//


有限生成  W_n(K) 加群  M の次元は  2n 以下である。

(証明)

前の例 1 から、 d(W_n(K)) = 2n である。考えている加群  M は有限生成なので、環を加群とみなして、以下の短完全列が存在する。

 0 \longrightarrow K \longrightarrow  W_n(K) \longrightarrow  M \longrightarrow 0

したがって、 W_n(K) に「良い」フィルターを取れば、上の結果から、  d(M) \leq 2n である。//

Bernstein の不等式である。

 M \neq \{0\} を有限生成左  W_n(K) 加群とすると、次元について、

 d(M) \geq n

が成り立つ。//

※ 前の結果と併せると、 M \neq \{0\} のとき、

 n \leq d(M) \leq 2n

ということである。ここの証明は Joseph という人のもので、最初に次の補題を証明する。//

 (W_n(K), F) 上のフィルター加群  (M, F) は、 i < 0 のとき、

 F_iM = \{0\},  F_0M \neq \{0\}

を満たすと仮定する。このとき、 K 線型写像、

 F_iW_n(K) \to \mathrm{Hom}_K(F_iM, F_{2i}M);\\
 P \mapsto (x \mapsto Px)

は単射である。

(補題の証明)

 i \geq 0 についての帰納法で証明する。

 i = 0 のとき:
明らかである。

 F_0W_n(K) = K

で、

 M_0 \neq \{0\}

なので、 k \neq 0, k \in K であれば、

 F_0M \to F_0M; \, x \mapsto kx

は常に零写像ではない。 

 i > 0 のとき:

 P \in F_i W_n(K) として、 P \neq 0 のとき、

 P(F_iM) \neq \{0\}

であることを証明すれば、

 x \mapsto Px

は零射ではないので、

 P \mapsto (x \mapsto Px)

が単射であることが証明できる。

 P = P(X, \partial) が定数 (constant) だとすると、明らかに真であって証明はここで終わるので、 P = P(X, \partial) は、定数でないとしてよい。

まず次の内容を示す。
 \partial_m P の零でない係数の中に現れていたら、交換関係は

 [P, X_m] \neq 0

である。同様に、 X_m P の零でない係数の中に現れていたら、交換関係は

 [P, \partial_m] \neq 0

である。それらの  [P, X_m] \neq 0,  [P, \partial_m] \neq 0 は、みな  F_{i-1}W_n(K) に属している。

いま、

 [P, X_m] \neq 0

であったとする ( [P, \partial_m] \neq 0 の場合についても以下の証明は同様に適用できる)。証明しなければいけないことは、 x \in F_iM

 P(x) \neq 0

であるものが存在するということである。ここで、帰納法の仮定を使うと、  x^{\prime} \in F_{i-1}M

 [P, X_m] (x^{\prime}) \neq 0

であるものが存在する。このとき、もし、 P(F_iM) = \{0\} であると仮定すると、

 [P, X_m] (x^{\prime}) \\
=(PX_m - X_mP)(x^{\prime})\\
=P(X_m x^{\prime}) - X_mP(x^{\prime})\\
= 0

となって、帰納法の仮定

 [P, X_m] (x^{\prime}) \neq 0

と矛盾する。したがって、 P(F_iM) \neq \{0\} であることが証明された。//

それで、Bernstein 不等式の証明である。

(Bernstein 不等式の証明)

まず、

 \mathrm{dim}_K F_iW_n(K) \\
= \frac{1}{(2n)!}i^{2n} +(terms \,of \,lower \,degrees \,in\, i)

である。次に、上の補題の条件を満足するように、 M に「良い」フィルターを定めると、補題の写像が埋め込みであることから、

 \mathrm{dim}_K(F_iW_n(K) \\
\leq \mathrm{dim}_K(\mathrm{Hom}_K(F_iM, F_{2i}M))\\
= \chi(M, F; i)\chi(M, F; 2i)

が成り立つ。ここで、

 \chi(M, F; i)= \mathrm{dim}_K F_iM\\ = \frac{m(M)}{d(M)!}i^{d(M)} +(terms \,of \,lower \,degrees \,in\, i)

だから、十分大きな  i \gg 0 で、

 \frac{1}{(2n)!}i^{2n} +(terms \,of \,lower \,degrees \,in\, i) \\
\leq \frac{m(M)^2}{(d(M)!)^2}i^{d(M)}(2i)^{d(M)} \\+(terms \,of \,lower \,degrees \,in\, i)

が成立し、両辺の比較から、 d(M) \geq n を得る。//

9-4. ホロノミー加群と b 函数の存在

有限生成左  W_n(K) 加群  M について、その次元  d(M) n 以下のとき、 M をホロノミー加群(Holonomic D-module) という。Bernstein 不等式  (n \leq d(M) \leq 2n) により、このことは、ホロノミー加群であれば、

 M = \{0\} または、 d(M) = n

であるということである。//

 W_n(K) 加群の短完全列とする。このとき、次の 1), 2) は同値である。

1)  M_2 はホロノミー加群である。

2)  M_1, M_3 はホロノミー加群である。

(証明)

 d(M_2) = \mathrm{Max}\{d(M_1), d(M_3)\}

と Bernstein 不等式からすぐにわかる。//

 W_n(K) は、左ネーター環であるから、 W_n(K) 上の有限生成左加群はネーター加群である。//

ホロノミー加群は左アルティン加群である(逆は成立しない)。したがって、ホロノミー加群は、左ネーターかつ左アルティン加群であり、組成列を持つ。

(証明)

 M をホロノミー加群とし、左加群の降鎖列を以下のように考える。

 M \supset M^1 \supsetneq M^2 \supsetneq \cdots

を考える。これから短完全列

 0 \longrightarrow M^i \longrightarrow M \longrightarrow M/M^i \longrightarrow 0

が得られるので、上の結果から、 M^i, M/M^i もホロノミー加群である。そうすると、すでに見た重複度の関係から、

 m(M) \geq m(M^1) > m(M^2) > \cdots

となる。したがって、ある  k が存在して、これはホロノミー加群であることから、 m(M^k)= 0 で、 M^k = \{0\} となる。//

 M を有限生成とは仮定しない左  W_n(K) 加群とする。 M が次の条件をみたす下に有界なフィルター  F をもつとする。

条件: 各  i について、 i によらない定数  c, c^{\prime} があって、

 \mathrm{dim}(F_iM) \leq \frac{c}{n!}i^n + c^{\prime}(i+1)^{n-1}

となる。

このとき、 M はホロノミー加群で、 m(M) \leq c となる。

(証明)

 M = \{0\} のときは自明なので M \neq \{0\} とする。

まず、 M の任意の「有限」生成部分加群  N は、ホロノミー的で

 m(N) \leq c

であることを示す。

 N = \{0\} のときは自明なので、 N  \neq \{0\} とする。 F_iM \cap N は、 N をフィルター付き部分加群とする。 G N の「良い」フィルターとすると、すでに見てきたように、ある  i_0 が存在して、任意の  i について、

 G_iN \subset N \cap F_{i + i_0}M \subset F_{i + i_0}M

となる。これから、十分大きな  i について、

 \chi(N, G; i) \leq \frac{c}{n!}i^n + c^{\prime}(i+1)^{n-1}

がいえ、次数の比較から、

 d(N) \leq n

だが、Bernstein 不等式から、

 d(N) = n

となり、 N はホロノミー加群で、 m(N) \leq c であることがいえた。

そこで、 N \neq \{0\} として有限生成部分加群の増大列

 N \subsetneq N_1 \cdots \subsetneq N_i \subsetneq \cdots \subset M

をとると、各  N_i はホロノミー加群で

 m(N) \leq c

を満足しないといけない。ところが、重複度の関係から、

 m(N) < m(N_1) < m(N_2) < \cdots

も満足しないといけないので、ある  k が存在して、

 N_k = M

でないといけない。すなわち、 M は、ホロノミー加群で、

 m(M) \leq c

である。//

変数  s と多項式  f \in K[X_1, X_2, \cdots, X_n] \backslash \{0\} に対して  f^s を作用を受ける対象一般の象徴的記号とする。

多項式環  K[s] 上のワイル代数  W_n(K[s]) の要素

 P(s, X, \partial) = \sum_{\alpha}p_{\alpha}(s, X)\partial^{\alpha}

を以下の規則で  f^s に作用させる。

 \partial_i f^s = s(\partial_i f)f^{-1}f^s

//

これを基本に、ワイル代数  W_n(K[s]) 上の加群を次のように定める。

1) 基底を  f^s とし、階数 1 の自由加群とする。

2) 上の作用で逆元  f^{-1} が出るため、 K[s, X] を積閉集合

 S_f := \{f^i | i \geq 0 \}

で分数化した分数環、

 K[s, X, f^{-1}] = S_f^{-1}K[s, X]

を考え、この分数環上の自由加群とする。

※ 1), 2) から、

 M: = K[s, X_1, \cdots, X_n, f^{-1}]f^s

と表せすことができ、また  M の要素は、

 p(s, X)f^{-k}f^s

となる。

3)  \partial_i の作用は、先程の定義を拡張して、

 \partial_i(p(s, X)f^{-k}f^s)\\
:= \{\partial_ip(s, X)+(s-k)p(s,X)(\partial_if)f^{-1}\}f^{-k}f^s

とする。//

※ 以下、通常の微分の慣例に従い、

 f^{-k}f^s = f^{s-k}

と書く。//


このとき、ある  P(s, X, \partial) \in W_n(K[s]) に対して、

 b(s)f^s = P(s, X, \partial)f^{s+1}

となる  s の多項式  b(s) \in K[s] 全体の成す集合  I_f は、明らかに  K[s] のイデアルである。 K[s] は単項イデアル整域なので、 I_f は一つの最小多項式  b_f(s) によって生成される。この最小多項式  b_f(s) f \in K[X] の 「b 函数 (佐藤・Bernstein 多項式; Bernstein-Sato Polynomial) 」という。//

※ b 函数の具体例は別の記事で挙げたので割愛する。//

なお、いままで体上のワイル代数を考えてきた関係で、多項式環  K[s] の商体  K(s) をとり、その上のワイル代数  W_n(K(s)) を考えることにする。

 W_n(K[s]) 加群についてもテンソルによる係数拡大を行って、

 N 
\\ := K(s) \otimes_{K[s]}M \\
\simeq K(s)[X, f^{-1}]f^s

とおくと、 N は、すでに定義した  \partial_i の作用によって、 W_n(K(s)) 加群となる。//

b 函数の存在は、上記の加群がホロノミー加群であるという事実からきている。

 N  = K(s)[X, f^{-1}]f^s は、ホロノミー  W_n(K(s)) 加群である。

(証明)

すでに見た命題から、 N が次の条件をみたす下に有界なフィルター  F をもつことを示せばよい。

条件: 各  k について、 k によらない定数  c, c^{\prime} があって、

 \mathrm{dim}(F_kN) \leq \frac{c}{n!}k^n + c^{\prime}(k+1)^{n-1}

多項式  f \in K[X] の次数を

 d = \deg{f}

とし、 k \in \mathbb{Z} について、

 F_kN := \{gf^{s-k} \in N| \deg{g} \leq (d+1)k\}

と定義する。ここで  \mathrm{deg}(g) は、 X についての次数であり、 gf^{-k} としては、次数  k 以下になるようにとってある。

 k < 0 では、

 F_kN = \{0\}

となることは明らかで、下に有界である。また、 F_kN は、 K(s) 上の線型空間で有限次元である。

次に  F がフィルターの要件を満たすことをチェックすると、 gf^{-k} としては、次数  k 以下になるように定めているので、

 N = \bigcup_{k=0}^{\infty} F_kN

は明らかで、

 F_kN \subset F_{k+1}N

もすぐにわかる。

 (F_i(W_n(K(s) ) ) )(F_kN) \subset F_{i+k}N

については、

 \partial_iF_kN \subset F_{k+1}N
 X_iF_kN \subset F_{k+1}N

が成立することを示せばよいことが、フィルターの次数の条件が  k 以下であることからわかる。最初は、

 \partial_i(gf^{s-k}) \\
= (\partial_ig)f^{s-k}+(s-k)g (\partial_if)f^{s-k-1}
 = \{(\partial_ig)f+(s-k)g (\partial_if)\}f^{s-k-1}

 \mathrm{deg}( (\partial_ig)f+(s-k)g (\partial_if) ) \\
\leq  \mathrm{deg}(g) + d -1 \\
\leq (d+1)k +d- 1\\
\leq (d+1)(k+1)

次は、

 X_i(gf^{s-k}) \\
= (X_igf)f^{s-k-1}

 \mathrm{deg}(X_igf) \\
\leq  \mathrm{deg}(g) + d +1 \\
\leq (d+1)(k + 1)

から成立する。以上から、フィルターの条件を満足する。

そうすると、

 \mathrm{dim}_{K(s)} F_kN \\
\leq \mathrm{dim}_{K(s)}\{g \in K(s) | \mathrm {deg}(g) \leq (d+1)k\}\\
= \,_{n+1}H_{(d+1)k}\\
=\begin{pmatrix} n + (d+1)k\\ n\end{pmatrix}
 \leq \frac{(d+1)^n}{n!}k^n + c^{\prime}(k+1)^{n-1}

となり、 N はホロノミー加群である。//

 b(s)f^s = P(s, X, \partial)f^{s+1}

を満たす  s の多項式  b(s) \neq 0 が存在する。

(証明)

直前のホロノミー加群  N を考える。ホロノミー加群は、アルティン加群である。したがって、 N の部分加群を

 M^j := W_n(K(s))f^jf^s
 (j = 0, 1,2, \cdots)

と定義すると、降鎖列

 N \supset M^0 \supset M^1 \supset \cdots

は必ずどこかで止まる。つまり、ある  j_0 について、

 M^{j_0} = M^{j_0+1} = \cdots

そうすると、

 f^{s+j_0} \in M^{j_0} \cap M^{j_0 +1}

だから、ある  Q(s, X, \partial) が存在して

 Q(s, X, \partial)f^{s+j_0+1} = f^ {s+j_0}

が成り立つ。 s+j_0 を改めて  s とおき、

 Q^{\prime}(s, X, \partial) :=
Q(s-j0, X, \partial)

と定めれば、

 Q^{\prime} (s, X, \partial)f^{s+1} = f^ {s}

となる。Q^{\prime} (s, X, \partial) の共通分母を  b(s) とすれば (したがって  b(s)0 ではない)、

 b(s)Q^{\prime} (s, X, \partial) = P(s, X, \partial)

と表すことができるので、

 b(s)f^s = P(s, X, \partial)f^{s+1}

が成り立つ。//

代数入門―群と加群 (数学シリーズ)

代数入門―群と加群 (数学シリーズ)

*1:不等式を満足させるために null 変数を一つ加える。null 変数は個数の計算には含めないで零とみなす。