ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

英語の勘所 (4)

英語について書こうという気がまったく失せてしまっているので、このシリーズは遅々として進まない。

  日本語と英語の間では語を「参照」するやり方が違う。たとえば、日本語では

トム、ここにいるよ。トムはあなたにプレゼントをもってきたんだ。 

と言えば、最初の「トム」と次の「トム」 は同一人物と普通はみなす。もっとも日本語だって、

太郎がアメリカにきたとき、太郎は太郎の両親と太郎の妹と一緒だった。

はくどすぎて変だが、それでも太郎は同一人物と考えるだろう。ところが、英語の場合、

 Tom is here. Tom has brought you a present.

は違和感がある上に、 別々の「トム」だと受け取られても仕方ない。普通は、

Tom is here. He has brought you a present.

と 人称代名詞 "HE" で受ける。では、

Tom is here. The man has brought you a present.

と定冠詞で受けるのはなんか「大げさ」である。人称代名詞と定冠詞の使い分けを考えるために、「不思議な国のアリス」の冒頭部分を読んでみる。

She (= Alice) took down a jar from one of the shelves as she passed; it was labelled 'ORANGE MARMALADE', but to her great disappointment it was empty: she did not like to drop the jar for fear of killing somebody, so managed to put it into one of the cupboards as she fell pass it.

"a jar" に注目すると、

It was empty. 

までは it で受けられているが、その次の文は

She did not like to dorp the jar for … 

と 定冠詞で受けている。それが使われたのは、「話者」がアリスの心理へ場面転換した直後である。そして、その場面が続く限り再び "a jar" は  it で受けられている。

人称代名詞で受けるもっとも普通の例を童謡「やぎさん ゆうびん」の英訳であげておく。

Goat Mail 

The White Goat sent a letter to the Black Goat.
The Black Goat ate it up before he’d read it.
Then, “Hmmm,” he thought, “Better write a letter” –

Dear White Goat,
What was in that letter you wrote?

The Black Goat sent a letter to the White Goat.
The White Goat ate it up before he’d read it.
Then, “Hmmm,” he thought, “Better write a letter” –  

Dear Black Goat,
What was in that letter you wrote?

詞の第一節目と第二節目はともに代名詞 "HE" で受けられているが、第 一節目の HE は「黒やぎさん」であり、第 二 節目は「白やぎさん」である。各節の二番目の文章では、"the Black Goat" と "the White Goat" が繰り返されているが、そうしないと黒なのか白なのかわからない。

日本語では「これ、それ、あれ」と一括りにされるため、 

this  / that: 指示代名詞
it: 人称代名詞

という事実が忘却されやすい。人称代名詞 "it" が初出で使われるのは「漠然としたもの」を指すときである。「漠然」とは、1920年代の女優クララ・ボウが "The It Girl" といわれたように「性的魅力」をぼかすときとか、「形式主語」として

It rains.

と使う場合をいう。形式主語  it は後方参照となるケースが多い。下の例は文脈がないのでよくわからないが、it は次の文全体を受ける。

I’ve never believed it. They’ve accepted the whole scheme.

眼の前に見えている知らない初出のものに対して、以下の it 疑問文は使用できない。視覚・聴覚でアクセスできているなら this / that を使用する。

× What is it? 
○ What is this / that?

道の前にいるまったく知らない女の人について尋ねる次の例も同じである。

× Who is she?
○ Who is that girl (over there) ?

電話の会話。

A: May I speak to Jennifer?
B: This is she. 

聴覚としてアクセスできる自分の声を this で受け、既出の固有名詞 Jennifer を she で受けるのだからまったく問題ない。

子供が自分の母親にいきなり she を使って怒られている例。

What’s she? The cat’s mother?

いきなり相手を he や she の人称代名詞で呼ぶのは相手を不愉快にさせたり、失礼にあたることがある。日本語の「彼氏」「彼女」にそんな感覚はない。