ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

モンマルトルの丘の哀歌

学生時代、映画を見に行った帰り、どこかしら『じゃりん子チエ』のヒラメちゃんの雰囲気を漂わせる気仙沼出身の子と池袋の喫茶店で話しをしていて、いままででどの映画が一番好き?と聞かれたことがある。ちょうど京橋のフィルム・センターで『フレンチ・カンカン』を見たばかりの頃で、フランソワーズ・アルヌールがカンカンをおどる可愛らしい踊り子姿に身を扮し片脚を大きくあげている場面が瞬間脳裏をよぎったのと、人をただ純粋に幸せにするこんな映画がこの世界には存在しているんだという驚きに未だ醒めやらぬころだったので、ルノワールの『フレンチ・カンカン』と答えたら大笑いされたことがある。しかし、それはけっして不快な感じのものではなく、その豪快な、横に引きのばされた笑い方をいまでもよく覚えている。『フレンチ・カンカン』(French Cancan, 1954) は、八十四歳のときにロサンゼルスの地で亡くなったジャン・ルノワール監督が六十歳のときに祖国フランスで演出した作品である。

この作品の中では、監督自身による作詞の “La Complainte de la Butte” (モンマルトルの丘の哀歌) が二度使われている。一度目は、窓の向こう側に見えるアパルトマンの部屋の中で、アンナ・アメンドラがこの曲を口ずさみながら家事をしていると、手前の向かいあった部屋にいるジャン・ギャバンが窓からその歌声が流れてくるのに気がつき彼女を発見するという場面で、ルノワールの他の作品にもみられるような——『ピクニック』(1936) のブランコのシーンを代表とする——縦の構図から、内と外がいきなり通底してしまう演出となっている。二度目は、下の YouTube で示すようにムーラン・ルージュで唄われる。なお、アンナ・アメンドラの声は吹き替えられていて、実際に唄っているのは、シャンソン歌手、コラ・ヴォケール Cora Vaucaire である。

※ 下の方には歌詞をつけたが、日本語は歌詞を直訳しただけのものである。風情があまりなくて申しわけない。

“La Complainte de la Butte” (モンマルトルの丘の哀歌)

En haut de la rue St-Vincent
Un poète et une inconnue
S'aimèrent l'espace d'un instant
Mais il ne l'a jamais revue

サン・ヴァンサン通りの丘の頂で
詩人と見知らぬ娘は
束の間の愛を交わした
だが彼は彼女に再び会えなかった

Cette chanson il composa
Espérant que son inconnue
Un matin d'printemps l'entendra
Quelque part au coin d'une rue

だから詩人はこんな曲をつくったのだ
あの見知らぬ娘が
ある春の朝に通りのどこか片隅で
耳にしてくれると願いつつ

La lune trop blême
Pose un diadème
Sur tes cheveux roux
La lune trop rousse
De gloire éclabousse
Ton jupon plein d'trous

青く冴えわたる月の光が
おまえの赤毛の上に
冠のように輝く
まっ赤な月の光が
おまえの穴だらけのペチコートを
栄華で染めあげる

La lune trop pâle
Caresse l'opale
De tes yeux blasés
Princesse de la rue
Soit la bienvenue
Dans mon cœur blessé

蒼冷めた月の光が、
倦み果てたおまえのオパールの眼を
やさしく愛撫する
街角のお姫様
ようこそ
傷ついたぼくの心へ

Les escaliers de la butte sont durs aux miséreux
Les ailes des moulins protègent les amoureux

丘の石段は貧しいものたちにつらいけれど
風車の羽根は愛しあうものたちを見守ってくれる

Petite mandigote
Je sens ta menotte
Qui cherche ma main
Je sens ta poitrine
Et ta taille fine
J'oublie mon chagrin

可愛い物乞いの娘よ
ぼくは感じる
華奢な手がぼくの手をさがすのを
ぼくは感じる
ふくよかな胸となよとした腰を
すると自分の哀しみを忘れてしまう

Je sens sur tes lèvres
Une odeur de fièvre
De gosse mal nourri
Et sous ta caresse
Je sens une ivresse
Qui m'anéantit

ぼくは感じる
おまえの唇に
痩せ細ったちいさな娘の
熱い吐息の匂いを
おまえの愛撫に
ぼくは酔いしれ自分を失ってしまう

Les escaliers de la butte sont durs aux miséreux
Les ailes des moulins protègent les amoureux

丘の石段は貧しいものたちにつらいけれど
風車の羽根は愛しあうものたちを見守ってくれる

Mais voilà qu'il flotte
La lune se trotte
La princesse aussi
Sous le ciel sans lune
Je pleure à la brune
Mon rêve évanoui

けれどほら雨が降ってきた
月は早足で隠れ
お姫様もまた何処へ
月のない空の下
暁に涙を流す
消えてしまった夢に

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