ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

英語の勘所 (3)

定冠詞について。まず大事なことは、不定冠詞は初出の場合しかつけられないが、定冠詞は初出でも、既出でもつけられるということ。

既出の名詞に定冠詞 the をつけるのは絶対である。これは不注意でさえなければ、それほど難しいことではない。 

A man was wearing an overcoat. A man stepped into the car.

この場合、最初の man と二番目の man は別人である。迷うのは、初出情報にたいして定冠詞 the をつけるべきかどうかである。

たとえば、いま高い塀があるとする。塀のこちら側には話し手とどう猛な犬がいて、塀の向こう側には聞き手がいるとする。話し手は、塀の向こうにいる聞き手に、どう猛な犬がいるので、こちら側には来ないように伝えたいとする。聞き手は、塀の向こうにいるので、その犬は見えていないし、犬の唸り声も聞こえていない。そんな場合には、

Don’t come in. The dog will bite you.

ということは可能である。しかし、次のようには不自然である

×  Don’t come in. This dog will bite you.

指示代名詞である this/that  が指せるものは、聞き手が視覚や聴覚で対象に「直接」アクセスできるものが、基本である。一方、定冠詞の  the は、聞き手が何を指しているか話し手がわかると思うならば、それで十分で定冠詞をつけてかまわない。つまり、話し手と聞き手が現在共有していると考えられる概念フレームから特定の犬を聞き手が推定することできればそれで十分だということだ。

指示代名詞との違いを示すために、別の例文をあげる。

I drove to Tokyo at full speed. I wore out the car in this trip.
東京に向かって全速で運転した。この旅行で車を乗り潰してしまった。

この例文の the を次のように置き換えることはできない。

× I drove to London at full speed. I wore out this / that car in this trip.

先行文に drive という動詞があるので、特定の車を運転しているということが連想されるが、this / that は、その「連想」した車を指すことはできない。連想にもとづいて運転に使われた特定の車は、定冠詞  the を使って指示することができる。

三番目の違いを示すために、また例をあげる。

In these two sentences, the verb is put in the past.
In these two sentences, this verb is put in the past.

上の二つの文章は「これら二つの文は、動詞が過去形におかれている」ということになるが、verb (動詞) として何を参照しているかは二つの文で異なってよい。“this verb” の方は、動詞は同じでなければならない (たとえば、二つの文で同じ like という動詞が使われていないといけない)。ところが、“the verb” の場合は二つの文のそれぞれにある動詞が過去形に置かれているということで、たとえば、一方が like で、他方は love と異なっていてよい。つまり、定冠詞の場合は、verb というカテゴリーにあてはまるものをそれぞれの文にあてはめて特定することができるのであって、文が異なれば違う動詞であっても、なんら差し支えない。しかし、this / that はカテゴリーという間接的なものを媒介しての参照は許されず、常に同一の動詞 (のある一つ) を指示する必要がある。

最後の違いを示すために、また例をあげる。

In a hospital, the nurse assists the doctor.
In a hospital, this nurse assists that doctor.

二番目の文の “this nurse”, “that doctor” は、ここでは示されていない先行文脈の中での特定の看護師と医師であると受け取る以外の解釈はない。一方、最初の文において先行文脈で特定の看護師や医師が与えられていなかったとする。そうすると、定冠詞 the をつけても聞き手はそれを特定することに失敗するだろう。そのような場合、定冠詞 the は、「カテゴリーそのものを指している」と聞き手に解釈される。つまり先行文脈がない場合、the nurse は「看護婦という役割」、the doctor は「医師という役割」とう総称的な解釈が可能である。この場合、最初の文章は「病院では、看護師が医師を補助する」という一般表現として解釈される。

以下は、様々な例文をあげておく。

例 1.

Did you know that you have mud on your coat?

コートに泥がついていることを相手が知らないかもしれないと話者は考えているのでmud に定冠詞はつかない。

Look at the flowers.

花々はすでに話し手と聞き手の両方の目の前で咲き誇っていることにより、見さえすれば特定できる。

例 2.

An adult can learn a foreign language, but it is usually easier for a child to learn it than for an adult.

An adult は、「大人」というカテゴリーを代表させるために任意の一つとしてとりあげたもの。二番目の an adult は、集合の中の任意なもので特定のものでないから the を使うことはできない。

例 3.

Here’s a glass, some water and three coins. I pour the water into the glass, then drop the coins one by one into the water.

定冠詞は「可算」「不可算」に関係なくつけることができ、the coins が特定する対象は、three coins 全部。

例 4.

He was robbed of the watch.
He was robbed of a watch.

最初の例では、 the がついていることから、時計は一つしかないので限定できるはずだということが意味されている。複数ある時計の一つが盗まれたのであれば、一つだけを特定できないので、二番目のように言うしかない。

例 5.

There is the old man who lives above the convenience store.

there 構文の意味上の主語は「初出情報」につくことに注意する。「初出情報」には、不定冠詞がつく場合と、定冠詞がつく場合があるので、there 構文の意味上の主語に定冠詞がつくことがあっても不思議ではない。この場合、old man が初出情報であるが、一人に限定できるという意味で the をつけたのなら、この there 構文はまったく問題ない。

例 6.

The train came out of the long tunnel into the snow country.

小説の書き出しのテクニック。初出であっても小説世界を読者に設定してもらえば、特定できるはずだと語り手が促している。

例 7.

Waiter: Are you ready to order?
Customer: Yes. I’ll have the salmon steak, please.

メニューというお互いに共有されているものを使って間接的に料理を限定した。

例 8.

You had better go to see the doctor.

この場合の the は、聞き手と話し手の間で特定の医者が共有されていなくてもカテゴリー (役割) の意味で使える。

例 9.

I play the guitar.

この場合の the は、具体的なギターを特定しろといっているのではなく、「楽器」としてパート (クラス) を参照している。

例 10.

I play baseball.

もともと名詞がカテゴリーのことであれば、そこにまたわざわざ the をつけることはしない。

例 11.

the backstroke
the butterfly
the crawl (stroke)
the sidestroke
the freestyle stroke

運動の名前には通常 the がつかない。しかし、上の例のように 「水泳」というカテゴリーを前提にした上で、個々の競技をいう場合には the がつくことがある。

例 12.

the above address
the foregoing explanation
the following quotation
the conditions below

これらの表現は、場所を示す言葉で特定させようとしているのだから、the をつけるのは当然。

例 13.

the next week / the last month
next week / last month

“next week” という言葉は何も参照しなくても、それ自身「来週」という意味である。それは、tomorrow morning が冠詞をつけないで「翌朝」という意味になるのと同じこと。「来月」next month の意味は、今日が 8 月 31 日でも 8 月 1 日でも、9 月のことである。一方、the next month になると、現時点を参照することによって、その月の期間を全部特定することが必要になる。たとえば、8 月 5 日の時点の the next month は、8 月 5 日から 9 月 4 日までというこになる。同じように今日が火曜だとすると、the next week は、今日を含めて次の月曜日までの一週間全部という意味になる。

例 14.

I prefer the former plan to the latter.
Man has dominion over the lower animals.
This watch gives the right time.
In Australia one drives on the left side of the road.

いわゆる対比の the. たとえば二番目の例は、動物を高等動物と下等動物のカテゴリーに類別してどちらに属するかの位置を示して特定できるということ。

例 15.

Conflict is brewing in the southern region.

対比の the は、二項の対比についてだけでない。

例 16.

I take quite an opposite view.

 この例では、反対の見方は多様で限定できないと考えている。

例 17.

She read the whole book.
He drank a whole bottle of milk.

二番目の例は、milk は「不可算」であり bottle 自体も特定されていないので、ミルクの「全体」は特定できない。

例 18.

But there is also the saying ‘Our hometown is a place we should yearn for from afar’.
The verb ‘consent’ is often accompanied by the preposition ‘to’.
We have to discuss the question (of) how we will raise the money.
Then arose the problem (of) who should bell the cat.

同格の場合、先行する語は、後続の語を参照して特定できるのだから、the をつけるのは当然である。

例 19.

I love going to Japanese restaurants because I love to eat shrimp tempura.

具体物に the をつけてカテゴリー化するやり方は、いつも使われるとは限らない、違いが意識されやすい具体物や、特定性が関心を呼びそうな場所に the をつけると、具体的なモノや場所を特定したと解釈されやすくなるためだと思われる。

例 20.

the ABC(’s)(アルファベット)
the ark(ノアの箱船)
the bird(ブーイング)
the face(厚かましさ)
the dog paddle(犬かき)

いわゆる正式な名称ではないが、ほらみんながよくこういう言い方するけれども、正式な言葉を参照したら言葉の意味は特定できるでしょうという感じ。

例 21.

the beautiful(美しいこと、美)
the good(良いこと、善)
the old(古いもの)
the unexpected(予想外のこと)
the known(既知のもの)

形容詞を参照してそこから名詞化する。

例 22.

the British
the English
the Irish
the Spanish
the Welsh
the Dutch
the French

国や地域名を使って「全部」の国民を指示する。

例 23.

the (human) race
the community
the cast
the youth

間接的に人を総称するのは、国民に限らない。

例 24.

the first lady
the maximum
the minimum
the limit
the full
the supreme

極限的なものは、ひとつに特定できる。

例 25.

The most substantial reduction in personal water use can be made in the bathroom.
Be sure that the doors can be unlocked from the outside in case of an emergency.
This is especially important in the bathroom and bedroom.
In the kitchen, try to keep the refrigerator away from the dishwasher and the oven.
You need a power drill and a sledge hammer to hang a picture on the wall.

家庭の中にあるものは、しばしばカテゴリー化される。

※ 補足として関係詞の先行詞の場合、

I want a man who speaks Chinese.

は、中国語を話す人を別に特定していない場合につかう。

I want the man who speaks Chinese.

というのは、文脈によって次のようにいくつかの可能性がある。 

1)すでに話手と聞き手の間に「中国語を話す男性」というのが、誰のことかすでに了解されている場合。
2)欲しいのは、中国語を喋る男が一人で、それが全部であることを強調したい。強調しないのであれば、全部であっても不定冠詞で構わない。
3) 欲しいのは、英語やベンガル語ではなく、中国語を話す男であることを強調したい。

つまり、先行詞に定冠詞がつくのは、聞き手がすでに既知の場合か、話し手が先行詞がなんらかの意味で特定できることを聞き手に「強調」したい場合である。