ノリの悪い日記

古今東西の映画、ポピュラー音楽、その他をいまここに交錯させながら随想します。

小説

武藏野

武藏野 國木田獨步 (一)「武藏野の俤(おもかげ)は今纔(わづか)に入間郡(いるまごほり)に殘れり」と自分は文政年間に出來た地圖で見た事がある。そして其地圖に入間郡(いるまごほり)「小手指原(こてさしはら)久米川は古戰場なり、太平記元弘三年五月十一日源…

セロ彈きのゴーシュ

歴史的仮名遣いの練習。(字音仮名遣いは別として)「じ/ぢ」「ず/づ」、現代発音の「わ」「い」「う」「え」「お」の文字またはその前の文字が変わることがあるだけなのだが、なかなか自然にできるようにならない。手近に歴史的仮名遣いの『セロ彈きのゴーシ…

自分が住んでいる町内には、1940 年から 1980 年ぐらいまで唐木順三が住んでいたらしい。なぜか急行が停まる最寄りの小田急線駅の、東口前にある案内看板にはそう記載されている—— 1940 年に古田晃によって創業された筑摩書房に唐木は臼井吉見、中村光夫とと…

The Boy in the Boat

近所の散歩ばかりだと飽きるので、土曜日は平塚から橋を歩いて相模川を渡って茅ヶ崎まで散歩した。白い富士山が綺麗であった。歩きながら聞いた演奏に Charlie Johnson 楽団の “The Boy in the Boat” があった。Jimmy Harrison (トロンボーン) とSidney De P…

対談

中野重治を論じたものについては、柄谷行人と大江健三郎の対話 『大江健三郎柄谷行人全対話 世界と日本と日本人』が抜群に面白かった。ポストモダンなんて軽薄な言葉は中野重治にはまったく似合わないけど、中野重治によってポストモダンというのは、ようや…

梨の花 (2)

志賀直哉の『暗夜行路』にある「サモア」と「アルマ」の無償の運動にはやや劣ると思うが、中野重治の『梨の花』の冒頭にある広告看板を主題連携させるところは面白い。小学生になった良平が、町の高瀬屋(酒屋であることが後の文章からわかる)から一升徳利を…

浦島太郎

中野重治が 23 歳、1925 年 (大正 14 年) の詩に「浦島太郎」というのがある。 今宵は雨がふつてつひそこの家ではまた蓄音器をはじめた童女がはかなげな聲をはりあげて「浦島太郞」をうたふのだ浦島太郞は龜にのり……乙姫樣のお氣に入り……しらがのぢゞいとな…

梨の花

現在の日本において普通にできるもっとも豊かな体験とはなにか?まさか、それがネット検索であろうはずもない。それをひとつだけ具体的に提示するならば、中野重治の『梨の花』を読むことだろう。もちろん、ここで「読む」とは、あの次に何が起きるかをさも…

時をかける少女

『未来からきた少年 スーパージェッター』は、1965 年 1 月から 1966 年 1 月までテレビ放映されたアニメーションだが、脚本の一人として筒井康隆が参加している。いっぽう、筒井のジュブナイル小説『時をかける少女』は、学研の学習雑誌「中三コース」の196…

若い人 (2)

気になったので絶版になっている新潮文庫の古本を手に入れてみたのだが、 —— 次の夜、彼らは肉体でお互いの愛情を誓い合った。 となっていて、宮本百合子の引用には「肉体で」が欠落しているということがわかった。これは宮本百合子が引用する際に意識的に、…

若い人

混雑した通勤電車での不快さが更に募らされるときがあって、多くの場合そうさせているのは、いつの頃からかは覚えていないが車両の中に掲示されている書籍の広告である。 その電車の広告たちが紹介しているそれぞれの本は、ただの一度たりともそれを眺めてい…

The Love Nest / Ain’t We Got Fun

"The Great Gatsby" の第五章から。 When Klipspringer had played The Love Nest he turned around on the bench and searched unhappily for Gatsby in the gloom. “I’m all out of practice, you see. I told you I couldn’t play. I’m all out of prac —…

The Sheik of Araby

“The Great Gatsby” の第四章から。 When Jordan Baker had finished telling all this we had left the Plaza for half an hour and were driving in a victoria through Central Park. The sun had gone down behind the tall apartments of the movie sta…

Gilda Gray

F・スコット・フィッツジェラルドの小説 “The Great Gatsby” (1925) の第三章は、Gatsby の家の庭で開かれるパーティの場面であり、そこでは小説の語り手である Nick が初めて Gatsby と声を交わすという物語の展開とともに、第二章の Doctor T. J. Ecklebur…

ボヴァリー夫人

『「ボヴァリー夫人」論』(蓮實重彥, 2014) を読みながら、ギュスターヴ・フローベールの『ボヴァリー夫人』(Madame Bovary, 1857) のほんの一部を訳した。これ以上は訳すことはないと思うので、整理して以下の記事にしておく。 エンマの「美しさ」は、「美…

散文的想像力と韻文的想像力

ボードレールには、「女性の髪」を主題にした散文詩と韻文詩がある。その「主題」操作がまったく異なっていておもしろいと思う。 まず韻文の方を先に取り上げると、主題である「髪」は隠喩的に別のもの(「おまえの深淵」「芳香の森」「黒檀の海」「黒い海原…

乳と卵

年末に本の片付けをしていたら、文庫本が出てきたので、久しぶりに読み直した。 作品の中に出てくる「細部」はそれそのものを表現していると同時に、それとは異なる何かを想起させることがある。この作品でいえば、巻子が緑子の頭についた玉子を拭ってやるた…

おもしろい (完)

新聞を読まなくなって久しいが、ちょっと前に昼メシを食べに店に入ったら、テーブルに新聞が置いてあり、何とはなしに新井紀子さんが書いたものが目に留まったので読んでしまった。その内容は既にどこかで読んだものと大差なかった。 その真偽はよく分からな…

おもしろい (8)

『三四郞』の演芸会の場面では、シェークスピアの『ハムレット』が上演されているわけだが、その演芸会が終わって三四郎が下宿に帰った夜の出来事が次のように書かれている。 夜半から降り出した。三四郞は床の中で、雨の音を聞きながら、尼寺へ行けといふ一…

おもしろい(7)

夏目漱石の『三四郞』が、「水」抜きでは語れないぐらいのことは今や周知の事実であり、それをここに繰り返すのはジャイアント・パンダを「かわいい」と誰もが芸もなく繰り返すぐらい醜悪なことだと思いつつも、「主題論」と「説話論」の連携がここまで完璧…

おもしろい (5)

すでに記事として一度取りあげた一葉の『十三夜』をもう一度ごく簡単にとりあげてみる。「上」「下」二部から構成されているこの小説の語りにおいて、「お関」と「録之助」という幼なじみの二人の間にある明白なテクスト上の「類似」が見られることで、この…

おもしろい (4)

もっと端的な例だと、「光」が主題となって物語の語りを分節する場合には、「光」の表情の変化が様々に記述される。森鷗外の「舞姫」を例にとってみる。 物語は、主人公の豊太郎が船に乗って日本へと向かう帰路、船がサイゴンに寄港した場面から始まっており…

おもしろい (3)

前回の記事であげた「主題」において発現する機能とは、もっとも一般的に言えば物語の語りを分節することである。ここで注意しないといけないのは、短編小説の場合は特にそうなのだが、まったく同じ「主題」が単調に繰り返される例は寧ろ希であり、「主題」…

おもしろい(2)

説話論と主題論の実例。 正岡子規には『わが幼時の美感』という文章があって、下はその冒頭部分を引用したものである。 極めて幼き時の美はたゞ色にありて形にあらず、まして位置、配合、技術などそのほかの高尙なる複雜なる美は固より解すべくもあらず。そ…

一葉『十三夜』

一葉の『にごりえ』『十三夜』『たけくらべ』のヒロインは、よく知られているように、作品の中で「厭や」または「嫌」という。『にごりえ』の女主人公、お力はその名高い独白の中で、 あゝ嫌だ嫌だ嫌だ という科白を二度も繰り返す。『たけくらべ』の美登利…